58の幻夢
40.母の意図
「そんなに部屋から出たくないなら、もう出てくんな!」
そう叫び、ババァは俺の部屋のドアを、コンクリのような物で塞ぎ始めた。
俺が引きこもりになってもう数年。理由は学校でいじめられたという、至極ありがちなこと。それから「人間」が怖くなりだして、気付いたらいい大人になっていた。このままじゃダメなことも、どうにかしなきゃなんてことも、十二分にわかってる。
でもドアを塞ぐなんて、これが親のする事か?
あまりの酷い仕打ちに、俺は徹底抗戦しようと思った。運良く、先日ネット通販で買った飲食物が届いている。これをやりくりすれば、二週間は持つだろう。トイレは空のペットボトルでしのごう。やりたくはないが。問題は大の方だ。窓から庭へ捨てるか。はた迷惑は承知だが、ババァだって俺に迷惑をかけてんだ。俺だって、このくらいの報復はしてもいいだろう。
とりあえず、大体のプランは固まった。ドアを塗りこめるババァの気配を意識しながら、ベッドに横たわりソシャゲに興じる。これは長期戦、焦ったら負けだ。そう思い、スマホの画面に映るキャラの戦いぶりを眺めていた。
それから数日後。ハッと眠りから目を覚ます。部屋が暗い。夜かと思い電灯を点ける。窓から外が見えない。その意味を悟って愕然とした。
ババァ、窓まで塞ぎやがったのか。排泄物を窓から捨てるという、俺の思惑つぶしのためなのかはわからない。だが、確実にババァは本気だ。よく見ると、窓に紙が挟まっている。『諦めて出てこい』とか書いてあるのか。だが、たかが窓を塞がれただけだ、諦める気など毛頭ない。とりあえず、今後の対応を考えようとした、その瞬間だった。
突然、大きな衝撃が走る。思わず尻もちをつく。窓に挟まっていた紙が舞い落ちた。
何事かと思いスマホを見ると、ネットは騒然となっていた。某国から発射されたミサイルが俺の住む都市に着弾し、住民の生存は絶望的という状況らしい。
落ちた紙を拾い上げる。そこには乱れた字で、こう書かれていた。
こうちゃんへ
お母さん、こうちゃんのお部屋を
核シェルターにすることしかできなくてごめんなさい。
でも、こうちゃんはやればちゃんとできる子です。
だから、何があっても生き抜いて、
幸せになってくれると信じています。
体には、くれぐれも気をつけてください。
さようなら お母さんより
「これが親のする事、か」
涙が溢れた。声をあげて泣いた。