58の幻夢
41.千切り
今日も上司に叱られた。
ここ最近、毎日毎日叱られている。きっと明日も叱られる。こんなんじゃ、気が滅入って仕方がない。
こんな時、会社帰りに近所のスーパーへカゴも持たずに入る。そして、キャベツを一玉掴み取る。その一玉をしっかりと掴んでレジへと持っていく。
家に着くと、ろくに着替えもせずにキャベツをまな板に載せる。そして渾身の力を込めて、包丁で真っ二つに切り裂くのだ。真っ二つになった片割れを脇に置く。残ったもう一方を、切断面を下にしてまな板の中央に据える。
ここからが本番。
眼を見開き、腰を入れ、包丁の握りを改める。左手を猫の手にして軽く添え、右手をリズミカルに上下に振るう。その左右の手を、少しずつ少しずつ左へ左へと移行させる。右側に生まれ続けるは、千切りキャベツ。
フードプロセッサなどは使わない。急ぐこともしない。芯があっても気にしない。包丁とまな板で、自分のペースでキャベツを切り刻む。片方が終われば、脇のもう片方に取り掛かる。何も変わらない。方法もペースも全く同じように。
こうしてできた大量の千切りを、大皿に盛り付ける。盛り付けるというよりは、どさりと大皿に乗せるだけ。水にさらす事もしない。山盛りになった黄緑色を前にして、ここでやっと一息つく。
大皿に鎮座する千切りにしょうゆをかけていく。ソースや各種ドレッシングを色々と試し、最後に辿りついた調味料。しょうゆ差しが、繊細且つ大胆に黄緑色の高峰の上空を旋回する。
準備はできた。
おもむろに千切りを喰らう。ただただ機械的に千切りを口に運ぶ。ただただ口内は咀嚼だけを行う。とんかつもしょうが焼きもご飯も必要ない。ひたすらキャベツの風味を味わいつくす。
大皿の底が再び目に触れるようになる頃、私は嫌な気分がすっかり吹き飛んでいる。明日こそは叱られずに一日を終えてみせる。そう意気込み、やっと着替えを始め、風呂を沸かすのだ。
ま、あの上司はいつか殺してやるけどな。