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58の幻夢

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42.打者の選択



 昔から、松山を憎んでいた。

 あいつに初めて会ったのは、高校の入学式。整った顔立ちで気さくなあいつは、もうすでに学年の人気者だった。数日後、部室で再び顔を合わせた際、「よろしく」という快活な声と共に差し出された手を、俺は仕方なく握り返したのをよく覚えている。
 高校の三年間は、あいつのケツを見て過ごしていたようなもんだった。あいつは、入部早々監督に見出され、一年で不動のレギュラー、そして甲子園の舞台へと登る。アルプススタンドで声を枯らして応援する補欠の俺と対照的に、あいつは優勝旗を天高く掲げていた。
 三年になり、苦労の末にやっと俺はレギュラーの座を奪い取った。そして、初めて選手として臨んだ甲子園で優勝する。だが世間は、あいつが率いているチームメンバーの一人、という認識でしか俺を見ていなかった。

 高校を卒業してプロの世界に身を投じても、俺とあいつの立場は変わらない。あいつはドラフト1位で、入団一年目から期待のスラッガーとして世間の注目を集め続ける。俺はドラフト下位でどうにかプロ入りし、長い2軍暮らしを経てようやく芽が出て、何とか期待の若手として名を売り始めた。
 しかし、俺の名前には常に『あの松山君と同じ高校出身の』という枕詞が、絡まった粘着テープのようにつきまとう。さらに、そんな格好の獲物を見つけたマスコミが、事あるごとに俺とあいつをセットにしようとしてくる。同じ番組に出演、CMも二人で、対談もあいつと俺の二人。毎日のようにあいつと共同で仕事をするのは腹立たしかった。しかも、あいつは俺が好意を持っていると勘違いしたらしい。しつこく家に招待され、俺は顔も見たくないあいつの家族とすらも懇意になってしまった。

 そんな時に、突然あいつは事故に遭い、あっけなくくたばった。葬式の帰り道、高笑いが止まらない俺。その上機嫌をスマホが引き戻す。

 連絡をしてきたあいつの妻に懇願され、あいつの一人息子、幹人の病室を訪れる。幹人は重い病に犯され、このままでは父の後を追うような状態らしい。だが、手術をすれば治る見込みがあり、手術の成功率も低くはない。そのはずなのだが、母や主治医がどう説き伏せても、本人がうんと言わないらしい。
 病床の幹人は、俺に会えて喜んでいた。だが、この体にはあいつのDNAが眠っている。そう思うと、俺はむかついてヘドどころか胃袋ごと吐き出したいくらいだった。そんな俺の心中をよそに、幹人は突然約束を持ちかけた。

「今度の試合、ホームラン打ってくれたら僕、手術受けるよ!」

という、どこかで聞いたような約束を。


 約束の試合、それはクライマックスシリーズ進出を賭けた試合だった。Bクラスに低迷するチームの救世主として、若手の俺が抜擢される。俺自身も、今後のためにアピールをしておきたい、とても大事な試合。

 だがそれでも、あいつとあいつの息子への憎悪に凝り固まった俺は、バットにボールを当てることはしなかった。


作品名:58の幻夢 作家名:六色塔