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ウチのコ、誘拐されました。

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第三章:鑑識に行こう


その頃渡良部は、京花の家に届いた脅迫状を持って、顔なじみの鑑識官の元を訪れていた。
彼とは渡良部の新人時代の先輩の友人、という関係で、割と融通が利く相手だ。
「……つう訳で、コレから何が出るのか、調べて欲しいんスけど。」
「キミね、久々にこんな所来たと思ったら、また変な事件だねえ。」
渡良部が挨拶もそこそこに用件を述べると、鑑識官清水 久志は細い目を更に細めて楽しそうに脅迫状を広げた。
「なに?カスカベの猫が誘拐で脅迫状?あはは、なにそれ。・・値段は付いてないの?期限も?アハハ、馬鹿じゃない?キミの後輩、武東くんだっけ。可哀想にねえ、彼。」
能天気なことを無駄に喋りながらも、手際よく清水は器具を準備していく。
「ねえ、ワタベくん。」
「ワタ“ラ”ベ、っす。」
「いいんだよ。僕とかあいつから見たらキミはまだ渡部で十分。……で、今日は急いでるの?」
「はい、そうッス。」
頷いて、渡良部はこっそりとため息をついた。勝てない。
清水の言うあいつ、とは渡良部の先輩のことである。新人時代、その先輩にしごかれて渡量部は育ったのだ。
その先輩の友人、という関係で清水とは知り合い、何かあるとこうして渡良部は足を運ぶ。
清水が渡良部をワタベ、と呼ぶのは、その先輩がそう呼ぶからである。いつまでも頭の上がらない相手だ。
そしてもう一つ。
「じゃあぱっぱと見てみるから、そこら辺で待っててよ。ホラ、僕のコレクション、見せてあげるから。」
清水 久志は、腕は良いが、ものすごい変人である。
ハイ、と彼の『コレクション』が収められた箱を渡されて、渡良部はもう一つ大きなため息をついた。
何かと言うとこの箱の中身を見せたがるのがこの男の癖だが、この中に何が入っているのか、渡良部はよく知っている。あえていうなれば地獄である。
開けたくない。
初めて開けたあの日のことは、未だにトラウマだ。
こっそり箱を適当な棚の上に置いて、渡良部は清水の背中を見つめた。
既に彼は真剣な様子で顕微鏡を覗き込んでいる。確かに腕は確かなのだ。
「あれ。」
唐突に清水が妙な声を出した。
「ねえ、ワタベくん、ワタベくん。」
「何かありましたか?」
手招きされて近付くと、清水はウン、といって顕微鏡から離した。
「この、[金 を 出 セ]の、[金]の所なんだけどね。」
そういうと、清水は手際よくその文字を台紙から剥離していく。
「ああ、周りにしか糊付けていないんだあ。楽だねー。いいねえ。」
呑気なことを喋りながらも作業はあっという間に済み、文字の切り抜きはあっけなく台紙から除けられた。
「はいどーぞ。」
「これ……」
渡良部は清水の手元を覗き込んで呆然とした。そこにあったのは、黒い、渦巻き模様。
「指紋じゃないすか……なんで」
「ほらあれだよ。ちょっと湿った手で新聞触ると黒くインク付いちゃうでしょ。それで付いちゃったんだねえ。何指かな?たぶん人差し指だと思うんだけど。」
「いや、そうじゃなくて。」
渡良部は、“何故指紋がくっきり付いているモノをそのまま送ってきたのか?”と言いたいのだ。
普通に考えて、馬鹿だろう。まあ、猫の誘拐という大本からして人を喰った話ではあるのだが。
「なんで指紋が堂々と付いてるの送ってくるんスか。」
「さあね、“まあいいか”、て思ったんじゃないの?上手く切り抜きで隠してるしさ。」
「んな。」
「どうでもいいよ、そんなこと。僕はこれからコレをコンピューターに取り込んでデータ照会しなきゃ。これには少し時間が掛かるよ。あともう少し脅迫状自体も調べたいしね。だからさ、ワタベくん、いったん派出所に帰ってなよ。データそっちに送るからさ。」
忙しいでしょ、人気者のお巡りさんはさ、と笑って、清水は渡良部の肩を押した。
「またあとでね。」
「そんなら……じゃあ後はお願いします。特に指紋は結果が出次第お願いします。早急に送ってくださいよ。」
「わかったわかってるって。趣味は仕事以上にちゃんとやるんだ、僕は。頑張るんだよ、ワタベくん。武東くんに宜しくね。」
皆で今度飲もうねー、そうですね、などと挨拶を交わして、渡良部は慌しく鑑識を後にした。
「武東今何やってんだろな。」

今頃必死で頑張っているであろう後輩、武東のことを思いながら。