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ウチのコ、誘拐されました。

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第四章:老人と僕


「いるかな……」
武東はこれで合計十五件目の家のチャイムを押していた。
今まで話を聞くことが出来たのは九件。そのうち六件が黒丸の姿を見ている。
巨大な黒猫はこの近所では有名らしく、情報は意外と簡単に集まった。
「あのー、すみません。」
「はあい、あら、おまわりさん?……うちが何か?」
この家には幸運にも人がいた。出てきたのは、四十代後半と思しきショートカットの女性だった。
「いやいや、違いますよ。猫を探しているのですが……」
そう事情を簡単に説明して、京花から預かった写真を見せると、「あら。」と女性は目を丸くした。
「黒丸くん。」
「ご存知ですか?」
「ええ。カスカベさんの所の黒丸君。この近所では有名ですもの。」
「で、今日も見ましたか?」
勢い込んで尋ねると、女性は少し首を傾げてから目線を宙に向けた。
「あら……そういえば、今日は見ていない気が……」
「え、いつもは見るのに今日は見ていないんですか?」
「はい。あ、でも、声は。」
「こえ?」
聞き返すと、女性は一つ頷いた。
「そう。声は聞こえたんです。何かと喧嘩するような、ギャーって声。黒丸くんは体が大きいから声も特徴的で。目立つんです。それで、今日黒丸君の声が。でも、相手の声が聞こえないからそういえば不思議だとは思ったんですよね。」
「そ、それで?」
「それで……しばらくしてドタバタ音や黒丸くんの声がいきなりピタッと止んで、それっきり。方向は多分、その右側の路地だと思いますよ。十一時くらいのことだったかしら。」
「なるほど、貴重な情報、ありがとうございます!」
心の中で万歳を叫びながら、武東は丁寧に礼を言ってその家を辞した。
今の話は恐らく黒丸が誘拐されたその時の音だ。
誘拐現場は、右側の路地、と言っていたその場所に違いない。
「ここが……」
そこは、三方を塀に囲まれた狭い袋小路だった。
武東は屈み込み何か手がかりはないか地面に目を凝らす。
そして、見つけた。
「あ、魚の死体。」
正確にはそれは煮干しだった。地面にバラバラと散らばっている。
「これで猫を釣ったのか……。」
武東はポケットから小さなビニール袋を取り出してその中に煮干しを入れた。証拠品、その一だ。
「もし、おまわりさん。」
「わ!?」
他にも何か落ちていないかと地面をきょろきょろ見回していた武東は不意に背後に聞こえた声に、どきりと背骨を立てた。
「は、はい!?」
慌てて振り向くと、そこには人のよさそうな老人が立っていた。
「ど」
「どうなされましたかな?」
問うはずが逆に問われて、武東は少しだけうろたえた。
「は、あの」
あたふたと言葉を捜す武東を好々爺然と見ながら、老人は右手で見事な銀髪を撫でた。
「いやの、ちょいと散歩しておりましたら、お巡りさんが何やら探し物をされているようでしたので、声をかけさせて貰いました。何をお探しですかな?」
「あ、あのですね――」
穏やかな口調で尋ねられ、落ち着きを取り戻した武東は老人にこれまでの経緯を手短に語った。
「――というわけでですね、何か新しい手掛かりはないかと探していたのですが――」
「ほう、猫が……。」
武東の話をいちいち頷きながら聞いていた老人は、最後に大きく頷くと、持っていたステッキで、す、と道路の方を示した。
「――そこの、袋小路の出口の所にの。」
「はい?」
武東は老人のステッキの先を視線で辿る。
「今朝からずっと白い車が止まっていましてな。散歩に出ることが出来なかったのですよ。こう、袋小路を塞ぐように停めておりましてな。」
「今朝からずっと、白い車が、この袋小路の出口に、ですか?」
武東は素早く手帳を取り出した。
これはもしかすると、貴重な情報かもしれない。
「それは、もう少し詳しく言うと、何時位のことですか?」
武東が尋ねると、老人は「さて」と腕時計を見た。
「そうですな、儂が見ている限りでは、七時頃から居て、一時頃には居なくなっていたように思いますが。」
「はあ、成る程。……どんな車でしたか?例えば、大きさとか、車種とか。」
「ふうむ……何とも……四人乗りの、普通の車でしたが。」
こういう感じの、と老人は宙に形を描く。
それをなるべく正確に手帳に写し取って、武東は顔を上げた。
「何か、他に覚えていることはありませんか?」
「ううむ……そうですな……」
武東の問いに、老人は考え込んだ末に心の底から済まなそうな表情になった。
「いや、すみませんな。特に記憶にありません。申し訳ない。」
「あ、いやそんな。」
自分より遥かに目上の人物に頭を下げられて武東は慌てた。
「白い車のことを教えて頂いただけでも十分です。これからその車の話も集めてみます!本当に、ありがとうございました!」
「いえいえ、警察に協力するのは国民の努めですからな。では、お勤め頑張ってくだされ。」
ほっほ、と元通り好々爺の顔で笑い、老人は一礼すると去っていった。
「ありがとうございましたー。」
その背中を、武東は敬礼で見送る。
――いい人だなあ。
あの老人のお陰で貴重な情報と、次にやるべきことが見つかった。
今はその『白い車』の情報がもっと欲しい。
武東は周りを見回し、袋小路に面している家に目を留めた。
京花からも、渡良部からも新しい連絡はない。とにかく自分の出来ることを余さずやっておきたい。
「よーし、やるぞー。」
強張った背中をぐいと伸ばして、武東は更なる聞き込みを再開することにした。