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ウチのコ、誘拐されました。

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第二章:ぶらり訊き込みの旅


「では、誘拐犯の方からまだ新しい連絡がない、とのことなので、猫の行動から手がかりを探してみます。」
京花と二人並んで歩きながら、武東はこれからの捜査の手順を簡単に組み立てた。
今は現場百遍の格言を忠実に守って、京花の猫が良く通う散歩コースを案内してもらっている所だ。
「えーと、猫、黒丸くんですよね。」
穏やかな高級感漂う住宅街を見回して、武東は京花から預かった猫の写真を改めて見直した。
印画紙には、名前の通り風格漂う真っ黒な雄猫が写っている。
名前は黒丸。写真では見難いが、左耳は少し切れていて、尻尾は長いらしい。
武東の第一印象は、「こいつは只者……いや、只ネコじゃない」だった。
祖父がラグドール、という猫種で、身体も大きいらしい。確実にこの辺一帯を取り仕切るボス猫だ。
「で、この辺りが散歩のコース。」
「ええ。この近所でよくうちのコを見かけるというお話を聞くので。」
「成る程……それではこの辺りで暫く聞き込みをしてみます。春日部さんは犯人から新しい連絡があるまで自宅で待機して頂く、という形でどうでしょうか?」
武東の提案に京花も頷いた。
「はい。私もそれが好いと思います。何かあったら連絡差し上げます。」
「はい!任せてください!では、お気をつけて!」
「ええ。」
宜しくお願いします、と深く頭を下げて、京花は名残惜しそうに去っていった。
「春日部 京花さん、かあー……」
去っていく京花の背中を見送りながら、武東は一体京花は何者なのだろうか、と考えていた。
あの渡良部をも振り回す強さ(?)に、どこか優雅な立ち振る舞い。そして渡良部の妙な態度や言葉。
――家の駒使えば十分に探せる
――アンタが来る場所じゃない
そして、家の猫が誘拐される、という稀有な出来事。
それらから鑑みるに、多分どこかの企業の令嬢、といった所だろうか。
そう考えれば、何となくは納得できる。
「深窓の令嬢……なんちゃって。」
一人で言って一人で悦に入って武東ははっと我に返った。
「いやいや、集中、集中。」
小さく気合を入れて、武東は京花が教えてくれた何軒かの家の中から赤い屋根の一軒家を選んでチャイムを押した。
「お忙しい中、すいませーん。」
「はーい。……あら、おまわりさん?」
玄関に出てきた女性は、制服姿の武東を見て目を丸くした。
「何か――ありました?」
「あ、いや、あのですね、猫を探していまして。実はこの辺りを縄張りにしているある御宅の猫が誘拐されまして……情報を集めているのですが、大きな黒猫、今日見ていませんか?」
そう言って写真を差し出すと、女性は写真を覗き込んで「ああ」と二、三度頷いた。
「見ましたよ。この猫ちゃん。いつもうちの塀の上を歩いていきますから。」
「本当ですか!どっちからどっちへ?」
勢い込んだ武東に尋ねられて、女性は自分の家を振り返って、考えるように首を少し傾げた。
「そうですね……通るのはうちの裏の塀で……えと、あっち向きだから、あっちからあっち、右から左ですね。」
「右から左、ですね。」
そう確認しながら女性の示した方向へ首を向ける。と、比較的現代的な住宅街の向こうに、少々時代掛かった厳しい黒塀が続いているのが目に入った。
――墓地?いや、違う。……何だ?
黒塀の中には色々の木々や、建物も覗いている。
「あの、すいません、あの建物って、なんですか?」
気になったついでに尋ねると、女性はきょとんとした顔で武東を見上げた。
「あら、おまわりさん、ご存じないんですか?あれは、月下会っていう古い極道のお屋敷ですよ。」
「あ、あれが」
月下会、と聞いて、武東は以前渡良部が言っていたことを思い出した。
月下会は今の代で十二代目にもなる古い極道一家であるらしい。長くこの土地を仕切っている為、もしかしたらこの土地においては警察よりも強い権力を持っているかもしれないのだ、と渡良部は不機嫌そうに語っていた。
月下会。極道。やくざ。
対して金持ちの令嬢(の飼い猫)。誘拐。
怪しいな、と武東は心の中で呟いた。これは、もしかするともしかするかもしれない。
但し、相手は古参のやくざ。簡単には踏み込めない。まずは確実な証拠を見つけなくてはならないだろう。
「あ、とにかく重要なお話をありがとうございました。」
「いえいえ。お役に立てたようでよかったです。」
笑顔で礼を述べて、武東はその女性の家を辞した。そして次の家へと向かいながら、心のメモ帳にしっかりと記す。

月下会、要注意。