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ウチのコ、誘拐されました。

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不意に武東と京花、どちらのものでもない声がして振り向くと、奥の部屋への戸口に、先輩である渡良部 圭一が立っていた。武東と入れ替わりに休憩に入っていたのだが、律儀に歯磨きをしていたのか、片手に歯ブラシを持っている。
「あ、渡良部先輩、事件ですっ!あの、」
「アンタ、」
猫が、と言いかける武東に構わず、渡良部は京花に視線を向けた。
「…何で来た。」
元々少し目付きの悪い渡良部の表情に、微かに険が宿ったのを見て、武東は内心ドキリとした。
一見少し怖そうに見える渡良部だが、彼は本来、人にそんな口を利くような人物ではない。
渡良部と、京花。見た目であまり年齢が変わらないように見える二人だが、もしや過去に“何か”あったのだろうか。
しかし、内心ドキドキしている武東や、険悪な渡良部の眼差しに構わず、京花はおっとりと微笑んだ。
「あら、いらしたんですか。お久し振りです、渡良部さん。」
それを受けて、渡良部の表情が実に嫌そうに変わった。
「こっちは出来れば会いたくねぇんだが――、何しに来たんだ?」
「うちの猫が誘拐されたので、助けて頂こうと伺ったんです。」
「はァ、猫、ねえ……」
益々嫌そうな顔をして、渡良部は持っていた歯ブラシを置いて武東の前に歩み出る。
「どの口が言ってんだ。」
いつの間にか、渡良部は京花を真剣な表情で見据えていた。
「あんただったら、こんなトコ来なくても、“家の駒”使えば楽に見つけられるだろ。ここは、アンタが来るような場所じゃない。迷惑だ、帰れ。」
「ちょ、先輩!」
言っていることも事情もまるで飲み込めないが、流石に言いすぎではないかと武東は本気で肝を冷やした。が、京花は一向に気にした様子も無く、相変わらず微笑んだまま「あら、だって」と右手を頬に添える。
「“きちんとした犯罪”は、警察にお任せするのが一番でしょう? 」
「……き」
きちんとした犯罪って、何ですか。
元よりずっと黙っていた武東だったが、遂に心の中でも絶句した。
ワケがわからないけれど、このヒト、強い。
しかし、さすが経験の差か、渡良部の立ち直り、というか切り替えは早かった。
「……わかった。」
心中にある様々な思いを吐き出すように大きなため息をついて、渡良部はくるりと武東の方を向く。
「武東。」
その声は、もう既に普段どおりの落ち着いた調子を取り戻していた。思わず武東の背筋が伸びる。
「は、はいっ!」
「いってらっしゃい。」
「は、はいっ!?」
思わずいい返事をしかけて、渡良部を見直す。
「はい?」
「だから。武東、お前が猫探し。この事件に当たれ。」
「な、なんでですかっ?自分はまだ配属三ヶ月の新米ですよ、まだ地理もさっぱり……ていうか、前の所属とかでも、スリとか食い逃げとか、そういうの追っかけてたことしかないんですけど!絶対先輩が行った方がいいです!絶対!」
武東の必死の抗議は、しかしたった一言で却下された。
「や、無理。」
「なんでですかあ!」
「俺、酷いネコアレルギーなの。」
「……へ?」
聞けば、猫を見るだけでくしゃみが止まらなくなるらしい。
「だから、猫の近くに寄れねーし、それに、――まあ、いいや。……とにかくそういう訳だから。」
よろしく、と人差し指と中指だけでちょい、と敬礼してみせて、渡良部は話は済んだとばかりにデスクに戻ってしまった。書類を広げて、関わるな、という空気を前面に押し出している。
「ちょ」
待って、と情けない声で言いかけて、武東は後ろに、ひくり、と視線を感じた。と同時に京花がいたことをはっと思い出す。
「あ、か、春日部さん。」
振り向くと、京花が不安げな顔をして佇んでいた。
そう。未だ京花の猫は誰かに誘拐され、無事かどうかさえわからないのだ。
やれる、やれないではない。やるのだ。
そう思ったとき、武東は自然に言葉を紡いでいた。
「あの、自分、やります!確かにまだまだ新米ではありますが、熱意なら十分にあります。全力で、頑張ります。」
飾らないまっすぐなその言葉に、京花の表情がわずかに和らぐ。
「宜しく……御願い致します、武東さん。」
「はい、こちらこそ、お願いします!」
「お、ちょっと待て、武東。」
渡良部に呼び止められて振り向くと、何かをぽいと投げられた。
「……これ、持って行け、携帯電話。何かあったら連絡するし、そっちからもくれ。」
「判りました。」
「あと、そのアホらしい脅迫状。」
「あ、コレですか。」
そういえば未だ白手袋の手に持ったままだった紙を示すと、渡良部はそうそれ、と一つ頷いた。
「何か出るかもしれないから。一応鑑識に持っていった方がいいだろ。お前が現場行くなら、俺が行くから。」
「ありがとうございます、じゃあ、お願いします。」
コレを、と言って武東は渡良部に脅迫状を手渡す。
「確かに預かるな。……武東。」
「はい?」
「……頑張れよ。」
「……はあ……?」
妙に同情のこもった渡良部の声に送られて、武東は派出所の外、春の街へと歩き出した。

誘拐された猫を救うため。街の平和を守るため。