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哀れな中年の愚かな夢

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 ノブナカが馴染みのない高級店で、居心地悪そうに周囲を気にし、オドオドする態度を見て、
「どうしてキミ、そんなにキョロキョロするの? それって、ヘンよ。もっと、堂々としていらっしゃい」
 と、非難する。
 ノブナカにしてみたら、いつも、場違いのような店に案内され、落ち着かず、それに、生来の小心さが、ちょっとした態度に出てしまうのである。
 一回りも下の娘からそう言われると、改めて自分の卑小さが惨めで嫌になる。
「何なの、そのクリスマスプレゼントって?」
 ノブナカが、レモンにならって、普段飲まないブルーマウンテンのブラックコーヒーを飲みながら聞いた。
「あのネ、ウフ・フ」
 レモンが、少し照れくさそうな表情で笑った。そう、最初に会ったときのようなはにかんだ笑顔で。
「あのネ、バ・イ・ブ・レー・ター。ウフ・フ」
「バイブ……?」
 ノブナカは、思わず大きな声を出しそうになり、自身の口に手を当てた。
「バイブレーターって、あのバイブのこと?」
「そうよ、オトナのオモチャのあのバイブよ」
「バイブなんて、それで一体何するの?」
 ノブナカは、血迷って、野暮な質問をした。
「何って、ただ、眺めたいだけよ」
 レモンは、少し赤い顔をして、膨れたような顔で言う。
「ねぇ、オネガイ。買ってくれたら、この前の事故のこと、許してあげるから」
 レモンは、おねだりする少女のように懇願した。
「だけど、バイブをプレゼントするなんて、聞いたことないよ」
「いいジャン、ワタシが欲しいンだから」
 この喫茶店は、テーブルごと小さな部屋になっており、バイブの話しをするのに回りの眼を気にすることがなく助かった。
「プレゼントするのはいいけど、バイブ買うのは照れくさいなぁ」
「いいジャン、キミの知らない店だもの。あのネ、性能がいいヤツじゃなきゃいけないのよ。グニュグニュ動くヤツよ。わかったー」
「ただ眺めるだけなら、性能も何も関係ないんじゃないの?」
「いいえ、動くところを観察するのよ」
 レモンの目が、爛々としている。
 ノブナカは、以前レモンとK市の元カレの彼女の実家を見に行った帰りの朝方、ウトウトしながら、レモンが、
「ワタシって、インランかもしれない。何か、朝方の目がスッキリ覚めないとき、異常に感じやすくなるし、ズボンをはくときにフトモモにズボンが触れるだけで、感じちゃったりするの」
 と言ったことを思い出した。
 
 十七

 クリスマスイブに会った。
 ノブナカは以前からレモンと観たい映画があり、それを観た後料亭で夕食をとった。
「ところで、クリスマスプレゼントは買ってくれるンでしょうね?」
 レモンが、生ビールを飲みながら言った。
「本当に、バイブが欲しいの?」
「欲しいものは欲しいのよ」
 レモンは、鬱陶しそうな顔でノブナカを見た。
「そんなものより、本物の方がよっぽどいいのに」
 ノブナカは、生ビールに少し酔って、からかうように言った。
「バッカじゃない」
 事故以来、レモンの表情に刺があるように感じることがあった。本当に、今でも事故の時のことが屈辱として残っているようだ。
 ノブナカにしてみたら、少しカッコつけて接していたつもりであったが、ボロが出てしまった、という感じと、後は中年のあつかましさと開き直りで、今更上品ぶることができなくなっていた。
「じゃあ、これから買いに行ってもいいけど、レモンちゃん大人のおもちゃ屋どこにあるか知ってるの?」
「知ってるよ。一件は電車通にあるし、もう一件は、ここからだと十分くらいかかるかな」
「なんで、レモンちゃんは、大人のおもちゃ屋なんか知ってるの。もしかして、バイブの愛好家なんじゃない?」
「好きに言えば、バッカみたい」
 ノブナカは、レモンとデートするとき、いつも生ビールを飲んで運転していたが、公務員である以上飲酒で検挙されれば、懲戒免職になるということを、少しも気にしないほど、のぼせていた。
 ノブナカは、電車通に面した店に入るのは抵抗があり、郊外にある店に行った。
 サングラスをかけ、店に入った。
 店内には、いかつい男の店員がおり、ノブナカがキョロキョロと店内を物色していると、背後にきて、
「何をおさがしですか?」
 と言った。
「バイブを」
 ノブナカは、耳たぶが少し赤くなるのがわかった。
「これなんか、中々いいですよ」
 男は手に取ったバイブをノブナカに渡した。
「それだったら、奥さんも泣いて喜びますよ」
 男はノブナカが、倦怠期の夫婦の、セックスの解消のために、バイブを購入するものと早合点して言った。
「あの、これは、グニュグニュと動くんですかね?」
「そりゃ、お客さん。精巧に動きまっせ。この上のこの部分がなっ、クリトリスにあたってなっ、もう奥さんいちころでっせぇ、にいさん」
 店内に一組の夫婦者が入ってきたため、そそくさとそれを購入して出てきた。
「本当に、レモンちゃんには、やられるよう。はいこれプレゼント」
 車に乗り、大きな溜息をついたノブナカが、包装紙できれいに包まれた、バイブをレモンに渡した。
 レモンは、嬉しそうにプレゼントを受け取り、
「開けていい?」
 と言った。
 バイブを手に取ってしげしげ眺めるレモンの顔が上気しているのがわかる。
「これを、使うときには、電話してきてくれないかな?」
「眺めるだけよ」
「店員が言ってたけど、なかなか精巧に動くらしいよ。しかし、そんなものを家に置いといて、見つかったらどうするの?」
「みつからないようにするから、ゼ―ンゼン、ヘイキヨ。キミのような、ドジしないから」
「しかし、できれば僕はバイブになりたいもんだねぇ」
「バッカじゃないの。キモいよ、キミ」
 それにしても、レモンの上気した顔がカワイらしい。
 ノブナカは、バイブを眺めているレモンを想像するだけで、勃起していた。

 十八

 新しい年を迎えて、ノブナカは仕事に追われはじめた。
 一月に一回、二月に一回かろうじて、レモンと会うことができた。三月になって、更に仕事が忙しくなったノブナカは、レモンに電話やメールを送ることすらできない日々が続いた。
 三月の定例議会が終わり、三週間ぶりにレモンに連絡した。
 しかし、レモンが電話に出ない。何度電話をしても、出ない。不吉な予感が頭をもたげる。
 ノブナカは、レモン自身がはじめから持っていた携帯にも連絡するが、出なかった。
 一週間ずっとかけっぱなしであるが、出ない。悪い予感が現実になることを恐れた。
 ノブナカは、毎日毎日祈るような気持ちで電話をしている。
本当に、頼るものは携帯しかない。このままレモンが携帯に出なければ、二度と再びレモンと会えなくなる。
 職場でも、席を外すたびにレモンに電話をし、一時間おきくらいに電話をしていた。
 以前は、深夜三時頃、突然ワン切りの携帯がなり、あわてて、レモンに電話をかけたことがあるが、真夜中にも目を醒ますと、携帯の着信履歴を調べている。
 携帯でしか繋がりのない付き合いを、漠然と不安視していたノブナカであるが、やはり不安は的中したと思った。
作品名:哀れな中年の愚かな夢 作家名:忍冬