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哀れな中年の愚かな夢

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 レモンは、小さい子が拗ねるよう感じの不機嫌さを顔に出しながら、何か遠くのことを考えているようだった。
 ノブナカは、そっとしておこうと思い、そのまま黙って運転していた。レモンが好きそうな、ユーミンのラブソングを流しながら。
「そうこの曲よ、卒業写真、大阪で付き合っていたカレが車の運転しながら歌ってくれたわ。カレネー、とっても歌が上手なの」
「その彼とはどうして別れたの?」
「そうねー、結局は離れ離れになってしまったのよ、カレの仕事の関係で、だけどカレ、最後のお別れを言いにこの街まで来てくれて、ワタシずっと泣き続けたの、泣き続けて、カレが、仕事をあきらめてここに来てもいいといってくれたのね、だけど、ワタシ、カレには自分の夢をあきらめてほしくなかったから……」
「君が、その後、少しおかしくなったんだよね」
「ワタシ、それからしばらくは、家から一歩も外には出られなくなるし、ガラスのコップを触るのもこわくなって、夜は全然眠れなくなるし、本当にあのときはこのまま死んでしまうかもしれないと思った……」
「君をそれほどとりこにした男性が、どんな男か見てみたいな」
「それは本当チョウカッコいいから、腕なんて私の腕の大きさくらいしかないのよ、スリムで手足が長くて、長身で、本当にカッコいいんだから、それで一度実家に連れていってもらったの、芦屋にあるのよ実家、本当に大きな家で、お父様は大きな会社を経営しているお金持ちよ」
 レモンは、キミなんて足元にも及ばないし、同じ土俵で話しすら出来ない相手なのよと言いたげな視線をノブナカに浴びせた。それは、ノブナカ達庶民に対して、お嬢様育ちのレモンが始めて正体を現した瞬間のようにも思えた。冷ややかな侮蔑を含んだ冷笑。
 結局、帰る車の中、ことごとくレモンが話す言葉に刺があるようで、ノブナカは冗句で返すことも出来ずに黙っていた。
 市街地に近づくとレモンの態度が和んできた。彼女は、戸惑うように相槌を重ねるノブナカに少し言いにくそうに、そして、いたずらっぽい表情で言った。
「あのー、これから一回会うごとに一万くれない?」
「エー、一万は高いンじゃない」
「そんなことないじゃン、だってキミ高給取りジャン」
 しばらく絶句して考えていたノブナカに、
「嫌だったらいいよー、だけど、会うのはこれでお終いね」
「わかった、わかったよ。次から会った時に一万払えばいいんだろう」
「いやよ、今日からよ」
 車を止めてレモンに一万を渡した。
「ありがとう」
 と、いつもよりおどけた感じの声で、言った。

 八

「昨日はゴメンナサイ、私どうかしてたわね。あのねー、言い訳じみて聞こえるかもしれないけれど、私、街から少し遠くへ行くと、情緒不安定みたいになるの、すぐに、お家に帰りたくなるの、だから、昨日も機嫌が悪くなって本当にゴメンネ」
「いえいえ、どうせ僕みたいな庶民には君のようなお嬢様と付き合う資格なんてないかもね」
「本当にゴメンナサイ、私も昨日は自分でなんて嫌なことを言ってるんだと、分かってたのだけど、どうすることも出来なくて」
「いいよ、いいよ、どうせ醜い中年を相手にしてくれてるんだから、それくらいのことはがまんしないとね。しかし、会うたびに一万は簡便してくれないかな」
「ダメヨ、ソレハソレ」
「僕は、君が思ってるほど高給取じゃないんだよ」
 ノブナカは、皮肉たっぷりに嫌味を言った後で、愛玩口調になった。
「ダメナモノハダメヨ。デネー、昨日のお詫びと言っちゃーなんだけど、次はオノミチに行ってみたいなーと思って」
「オノミチって、中国地方の尾道のこと」
「そうよ、今治から瀬戸大橋渡って行けばすぐでしょう、キミと尾道行くのってステキじゃない、ウフ・フフ」
 レモンは、いつものハイテンションな感じで言った。
「いいけど。じゃあ、再来週の土日の一泊二日でどうかね?」
 ノブナカも、下心丸出しで言った。セックス抜きでも十分満足するはずが、前回の一万渡すという条件に、少し欲のようなものを出した。
「泊まりはダメヨ。十分に日帰りできるから、土曜日に行って帰ってくればいいジャン」
 レモンも、お金の代償はワタシがキミに会うことで十分なはずと言いたげである。
「それじゃ、再来週の土曜日に待ってるね、ウフフ、なんか楽しみよね、じゃあね―」
 と電話を切った。
 ノブナカは、翌日早速尾道の観光マップを買い、下調べに余念がなかった。
「それにしても、こんな夢みたいなことが続いていいのかな」
 ノブナカは、ふっと自分の頬を摘んでみることがあった。

 九

 尾道へ行く道中、レモンは機嫌がよかった。
「本当に尾道へ行くのね、何か夢みたぃネ」
 と、何度も言った。
 途中、今治のホテルを指差し、
「あそこのホテルの最上階にあるレストランに、家族で何回か来たことがあるわ」
 と言った。
「じゃあ、今度僕と来ようか」
 とノブナカが言うと、
「いいよ、別に」
 とレモンが言った。
 
 尾道には、昼前に着いた。
 市営の駐車場に車を止め、ノブナカとレモンは尾道を散策した。八月の第一土曜日で、うだるように暑い日だった。レモンは花柄のワンピースに帽子をかぶり、汗を拭くため始終ハンカチを顔にあてていた。
 ノブナカは、尾道で一番人気のあるラーメン屋にレモンを誘い、行列に加わり順番を待った。レモンがラーメン屋を嫌がるかと思ったが、以外にあっさりと了承した。二十分ほど待ち、店内に入ったが、四人掛けのテーブルに相席という有様。しかし、レモンは、「楽しいね、ウフ、フ」と笑っている。ノブナカは、尾道ラーメンを二つと餃子の二人前を注文し、生ビ―ルでレモンと乾杯した。
「こんな店で悪かったね」
 ノブナカが、言うと、
「ゼ―ンゼン、平気よ」
 と、鼻の頭に汗をかいて笑った。冷房の効きが悪いため、ラーメンをすすりながら、ほとんどの客が汗をかいてぃた。ノブナカは、一度レモンとこういった庶民的な店で食事をしたいという願望がかない、嬉しかった。

「ここなら、誰にも気兼ねせずに歩けるから嬉しいね」
 と尾道のアーケード街を歩いているとき、レモンがノブナカの手を握って言った。
「本当に尾道に来たんだね」
 今度は、ノブナカが、レモンの手を強く握り返して言った。
「本当に来たのね、ウソみたい」
 レモンは、本当に嬉しそうに笑った。二人は、「東京物語」に出てきたお寺や、志賀直哉が一時住んでいた三軒長屋、「時をかける少女」に出てきた坂道等時の経つのを忘れて歩いて回った。ノブナカは、こんな気分を味わったのはいつ以来だろうと思った。
 レモンは、吹き出る汗を何度も何度もハンカチで拭いている。モノレールで頂上に昇ったとき、レモンはトイレでハンカチを水で濡らし、顔と首を拭いた。そういう仕草が無邪気で全然嫌な感じを与えない。寧ろ、レモンの育ちの良さを逆に垣間見るような気がした。レモンは、ほとんどスッピンに近かったから、そういうことが平気で出来た。
 途中で入った喫茶店で、涼みがてらアイスコーヒーを飲んだ。
「ワタシ、氷がコワイの」
 と言って、アイスコーヒーの中の氷を一つ一つ取り出し、灰皿に移した。
「どうして氷が怖いの?」
 とノブナカが聞くと、
作品名:哀れな中年の愚かな夢 作家名:忍冬