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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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僕の弟、ハルキを探して<第二部>(完結)

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元の世界に戻った春喜の体は、重い病を患っていた。心臓の病気だった。

医師は、「方法は心臓移植しかありません」と僕たちに告げた。

母さんは悲しみに暮れ、父さんはドナーを探そうと苦心した。


僕は知っていた。春喜に心臓を渡すのが誰なのか。







ある日僕は、家で泣き続ける母さんに、「食べるものを買ってくるから」と言い残し、外に出た。


そろそろ来るだろうな、と、なんとなく分かっていた。だから僕はこっそり健康保険証の裏面に、心臓を移植に提供することに承諾するよう、書き込みをしてある。それは僕のポケットにいつも入っていた。


僕が進む歩道の隣には、車道がもちろんある。


ああ、そうだ。向こうから物凄いスピードでトラックが走って来るじゃないか。ちょうどこちらへ向かってる。


僕は目を閉じた。








「神様ですか?」

白い空間は、いまだに僕を置いてけぼりにするほど清浄だった。

「約束を果たす時だ。人の子よ」

僕は寝そべっていたので、起きて立ち上がる。

「ではこれから、僕は地獄へ送られるのですね」

神は眉も動かさずに、「そうだ」と言った。

「苦しかったり…痛かったりするんでしょうね」


僕のその言葉など意に介していないように、神は僕の後ろを指差した。

「船に乗れ。その船だ」


振り向くと、僕たちが居た真っ白な空間で僕の後ろに川が現れていた。

さっきまでそんなものは無かったけど、僕はそれをあまり不思議とは思わなかった。

その川岸には一艘の小舟があり、一つだけオールが付いていた。


「流れの無い川だ。櫂でかき分けていけ」


「わかりました」





僕は川の水をオールでかいて、水の中を進んで行く。

どこまで行けば地獄になるのかは分からないけど、ここはきっと、あの世とこの世の境の川なんだろう。

僕がそう考えていると、行く手に別の船が現れた。

その上には、とても年を取って、ぼろぼろの服を着たお爺さんが立っていた。


「そこを往く者。儂の川で何をしておる」

僕は迷わずこう言った。

「すみません。僕は地獄に行かなければいけないのです。少し通るだけですから、見逃して下さい」

「許さぬ。それに、元の岸へ帰ればお前の命は助かるぞ?なぜそうしない?」

僕はかまわずそのお爺さんの船の横を通り過ぎようとして、頭を下げた。

「僕はどうしても、地獄へ行かなければいけないのです」

「待て!」

そのお爺さんが慌てて追いかけようとするのをなんとか振り切り、僕は急いで船を走らせた。





しばらくすると、空から綺麗な女の人が二人降りてきて、僕の周りをふわふわと飛んだ。

「まあ、あなた。自ら地獄へ行くつもりなの?そんなことより私たちの宮殿へいらっしゃいよ。おもてなしするし、地獄へ行かなくて済むように神様に口添えしてあげるわ」

僕は迷ったけど、首を横に振ってまたオールに手をかけた。

「いいえ、結構です」




次に会ったのは、老婆だった。その老婆はじとっとこちらを見つめ、にまにまっと笑う。

「地獄へ行くのかえ。それより、私のところで仕事を手伝っておくれでないかね。報酬ははずむよ」

「いいえ、そういうわけにはいきません」




僕は、様々に声を掛けてくる、人なのか神なのか分からないものたちの言葉に耳を貸さないように、春喜の姿だけを思い描いていた。


助けるんだ。春喜を助けるんだ!







川の向こう岸にやっと着くと、僕は拍子抜けした。


「ここは…」


そこは、さっき神様と居た場所と、そう変わらない、真っ白な大地だった。


こんなところが地獄なのか?まだ真っ白じゃないか。それとも、ここから歩いて行かなきゃいけないのかな?


僕がそう思っていると、そこに生えていた白い木の後ろから、また神が現れた。


「あ!神様!どういうことですか?僕は道を間違ったのでしょうか?」

神はその言葉に、首を静かに振った。

「いいや、お前は正しい道を経た」

そう言われたけど、ここはどう見ても地獄には見えないし、「正しい道」というのが何なのかは、僕には分からなかった。

「自らの手で船を漕ぎ続け、誘惑にも負けずに真っ直ぐここへ来るならば、私はお前を元の世界へ返すつもりだった」

「えっ!では僕は戻れるんですか!?」

突然のことに驚いて喜び、でも僕は不安になった。

春喜の命は?人々はどうなるんだろう?

「そうだ。私はわずかな善き者のため、お前たちを生かしておくことにした。果たしてお前は、その通りであった。では、しばしの別れだ、人の子よ」

そしてまた旋風が巻き起こり、僕は叫ぶ。

「待ってください!待って…」