僕の弟、ハルキを探して<第二部>(改訂版)
最終話 新たなる試練
春喜は大きな木の下で眠り、自分を氷の中に閉じ込めていた。僕たちには自然とそのわけが分かっていた。
力を封じ込めるためだ。操られないように。
だから僕たちは春喜の周りに集まって、春喜を起こしていいものかどうか話し合った。
「もしハルキ様が起きたとして、それでまた神に操られはじめたとしたら、話にならねえぜ」
ロジャーは、彼が苛立つ時の癖で、頭をガシガシと掻いていた。
「それは確かだ。彼が自分を氷づけにしたのはその理由からだろう。だとするなら、我々が彼を起こせば、よからぬことが起こる」
兵長がそう言ったことは正しいと、全員が思っただろう。
「そんな…それじゃあどうしたら…」
ロザリーナが悲しそうに春喜を見た。タカシはさっきから、春喜を起こそうと氷を手でつっついたり押したりしている。
しばらくその光景を見て頭を悩ませていた僕たちに、タカシはくるりと振り向いた。その時僕たちは気が付いた。タカシが、犬の顔をしていないことに。
「まさか…!」
「来たな、人間よ」
それはまた、神の声だった。僕は「しまった」と思った。
タカシもまた、神の傀儡であったのだ。タカシをここに連れて来るということは、ここに神を連れて来るのと同じことになる。
それじゃあ春喜がここに隠れて、力を封じた意味がなくなるかもしれないじゃないか。なんてことを。
僕がそう思っていると、タカシがにやりと笑って、神は僕にこう言う。
「私はこの少年に力を分け与えた。だからこの少年は、私に背くことが出来たのだ」
神の力を得た者だけが、神に背くことができる。そんなことは僕たちは教わってこなかったのに、自然と全員がそれを飲み込めた。
神は先を続ける。
「少年がここで眠り続ける限り、お前たちが滅びることはない。私の力はお前たちには及ばない」
「少年は、私と、お前たち人間の間を力が行き交う道に、じっと立っている。お前たちはこのまま、ここを去るが良い」
春喜は神が人々を滅ぼさないように、神と僕たちの間の道を封じた。それも、僕たちにはあっさりと理解が出来た。
でも…じゃあ僕たちはここまで、何のために来たと言うのだろう?
春喜だけ見捨てろと言うのか…!?
僕はそう思って、絶望しかけた。他の全員も同じだった。
誰も、何も言うことが出来なかった。ロザリーナは膝から崩れ落ち、泣き始めた。兵長もロジャーも、ジョンもイワンも、呆然と立って、眠っている春喜の顔を見ていた。
僕はその時、あることを考えていた。そして、理子さんの顔を思い出す。彼女は今も僕を待っているだろう。
「…神様。もう一度、僕の夢で見た場所へ、僕を連れて行ってくれませんか」
僕がそう言うと、他のみんなは僕を見て、不安そうな顔をする。僕はその時、理子さんに向かって、胸の中で「ごめんなさい」とつぶやいた。
「いいだろう」
タカシの口からその神の言葉を聴くと、僕はみんなに向かって右手をかざした。その意味を知ったロジャーが、「待て!」と叫ぶ。
「ごめん」、僕はそう言って力を使い、自分の体が遥か空へ吸い込まれるような感覚を味わった。
そこは、真っ白い神の玉座の前だった。僕は白い地面に膝を抱えて座り込んでいて、神は玉座に座り、こちらを見ていた。
その目は冷たく、また温かく、厳しくて、柔和だった。
「仲間を元の世界に送ったか」
「…はい」
神は一度頷く。
僕は、みんなと居ては話せないことを神に願うつもりだった。だから、神と二人きりになりたかったのだ。
でも、あそこにみんなを残していくのは危険だった。だから元の世界へと戻した。
これで僕は戻れなくなった。ここは神の前だ。おそらく僕はなんの力も無いのと同じだろう。
僕は神の前で立ちあがる。
「お前の望みはなんだ」
「誰も滅ぼさないことと、弟も他の人も、元に戻してやることです」
神は眉をひそめて立ち上がる。そして怒りの目で僕を見た。でも僕は、今度はそんなに怖くなかった。
「お怒りはごもっともですが、どうぞ気を鎮めて下さい。僕から提案があります」
「言ってみろ」
僕は喉に溜まる唾液を飲み込み、震え始める両手を抑えた。
「貴方様の思いつくどんな災難であろうと、僕はお受け致します。ですから、みんなを元に戻してください。お願いします」
僕がそう言うと、神は僕を見つめて目を細め、一層顔をしかめた。
「お前が代わりに罪を被るということか」
「そうです」
しばらくの沈黙の間、僕は自分を必死に立たせていた。そして神から目を離さず、見つめ続けていた。神はやがてこう言った。
「…よろしい。それほどまで言うなら、私ももう少し歩み寄ってもよい。人はいつも神の試練なぞものともしない。だから、お前の苦しみは終わりも変わりもしない」
僕は驚き、恐れ、自分の願いが聞き入れられたことが、信じられないほどに嬉しかった。
「はい。なんでしょうか」
「世界は元に戻してやろう。お前を除き。お前はあの世界に残るがよい」
僕は戸惑いはしなかった。
「わかりました。ありがとうございます。弟が助かるなら、それで充分です」
神はその時初めて僕に微笑み、頷いた。
「お前はよい兄だ。では、お前たちを滅ぼす話は白紙に戻そう」
僕は嬉しかった。本当に嬉しかった。
これですべてが元に戻る。命を脅かされる生活なんか、終わるんだ。ただ、僕はたった独りになる。
いいや、必ずまた見つける。ハルキ。僕にはその力があるんだ。
神は僕に一度だけ弟の姿を見せてくれた。靄の掛かった夢のように天界に写し出された弟は、飼い犬とはしゃいで歩道を歩いていた。その脇を通り過ぎていった美しい女子高生には見覚えがある。彼女も元に戻ったらしい。
僕は、時たまにアイモのベッドで眠っている。行き場がない人間は、職場で眠っていた方が心地が良い。それから、何かとても重要な事を決めたい時には、オズワルドさんのように議長席に立って俯いてみたりした。
全ての扉に鍵はもうなく、僕の為に獣たちは飼い慣らされたままになっていた。
僕は今日もロザリーナが残した手鏡に手をかざし、こう心で呟く。いつか会える日を願って。
〝送れ。春喜の世界へ〟
End.
作品名:僕の弟、ハルキを探して<第二部>(改訂版) 作家名:桐生甘太郎



