僕の弟、ハルキを探して<第二部>(改訂版)
オズワルドさんはアイモを守って戦死した。議長の突然の死に議会は混乱を極め、「後継者を自分に」と自薦する者、それから派閥同士の争いが起きた。
新聞の号外の表には、「多数の戦死者を出しながらもこの土地が守られた」という事実が長々と書かれている。そしてその左下には、「オズワルド議長死去」とも書かれて、今後の議会を危ぶむ文章があった。そして号外の裏面には、五十人にも上る戦死者の名前と、哀悼の意が綴られている。
僕は家に帰り、新聞を手にして、暖炉の前でソファに腰を下ろしていた。
涙を流すまいと必死に努力したが、無駄だった。オズワルドさんの優しい顔や、アルベリッヒが仲間を思って流した涙、ヴィヴィアンの最期の言葉、兵士たちが倒れて動かなくなる前に何度も母親を呼んだ声、それらが頭の中を回り続けていた。
あと少しだったのに、オズワルドさんを守れなかった。一緒に居たアルベリッヒを、見失って死なせてしまった。隣に居たヴィヴィアンも。兵士一人一人の命も。僕はみんな。みんなを。
気が付くと僕は、自分の右腕を暖炉の縁に思い切りぶつけていた。何度も、何度も、何度も。
「もうやめて!」
はっとして我に返ると、理子さんが正気を失った僕を止めようとして僕に抱き着き、必死に僕の腕を押さえていた。呆然として僕が振り向くと、彼女は悲しみに暮れ、一生懸命首を振り、小さく絞り出すような声で繰り返した。
「あなたのせいじゃない…あなたのせいじゃない…!」
僕は泣いた。彼女を抱きしめて、嗚咽し、むせ込んでも涙は止まらず、理子さんはその間、ずっと僕を抱きしめてくれていた。
僕はその夜、一人で眠った。僕のためにずっと傍にいて憔悴してしまった彼女をベッドに寝かせ、眠ったのを見届けてから自分のベッドに戻った。なぜ眠れたのか不思議だった。それほどに悲しみは深く、僕はもう居なくなってしまった人たちの面影を必死に胸に留めようと追いかけながら、そのうちに、深い深い眠りへと落ち込んでいった。
目を開けると、真っ白い空間だった。僕はその空間に立っている。それはすぐに夢と分かり、その時僕は少し嬉しかった。そして同時に、怯えていた。夢ならば、彼らに会えるのではないか。会って謝れるのではないかと思った。でも、周りを見回しても、少し前に白い石造りの椅子が向こう向きに置いてあるだけで、他に何も無い場所だった。真っ白い光の中なのに、僕は光だけがある空間にどこか行き場の無さを感じて、誰かの名前を呼ぼうとした。その時、石造りの椅子から誰かが立ち上がった。
一見するとそれはオズワルドさんのような恰好をした老人で、僕は一瞬彼と見まごうほどだった。でも、その人はオズワルドさんではなかった。白い髪に白い髭、垂れ下がった瞼の下から鋭い瞳が覗いているのは変わらないのに、その表情は言いようのない厳しさを感じた。その人は立ち上がってから、僕に手招きをする。僕は少し怖かったけど、その人からは、従うしかないような威厳を感じた。
その人の傍に行くと、僕は自然と前屈みになって、おそるおそるその顔色を窺った。まるでその瞳が瞬くだけで、僕の存在は消し飛びそうだった。
「人の子よ、お前は私をなんと称する」
僕は驚いた。それは、僕が「ギフト」を授かる時に春喜の口から出たのと同じ、神の声だった。思わず僕は小さく声を上げる。でもすぐに落ち着きを取り戻そうと頑張り、なんとか質問に答えた。
「…か、神様です…」
その人は一度頷いた。それから、こう続ける。
「では、私がお前達に何を望むか分かるか」
僕はすぐには答えられなかった。神が人間に何を望むか、だって?そんなの僕が分かるわけがない。でも、ここで答えなくては、もしかしたら僕たち全員の運命が絶たれるようで、恐ろしくて堪らなかった。
「…申し訳ありません。僕には分かりません」
そう言った時、僕の背中にさっと寒気が通って、僕は下げた頭を上げられなかった。
「顔を上げなさい」
僕はそう言われて、またおそるおそる、神の顔を見る。その目は、今度こそ僕を厳しく責めて、怒っているように見えた。僕はそれに戦慄したのに、叫ぶことも、逃げ出すことも出来なかったし、指一本動かせなかった。僕の意志は、神の目がちょっと細められただけで死んでしまった。それから神はこう言った。
「私は明日、お前たちを滅ぼそう」
神ははっきりとそう言った。神が嘘を吐くわけが無い。冗談を言うはずも無い。そして…神に出来ないことは無い。僕は一瞬の内に絶望の淵から叩き落とされた。
「お前たちは前に居た世を思うがままに汚し、そして不毛な争いばかりに血道を上げていた。私は自分が創り出したものとして今までお前たちを赦し、愛してきた。しかしお前たちは変わらなかった」
僕はそれを聴きながら、尚も最後の一本の糸に縋るようにこう言った。わけもなく頬に涙が流れる。
「なぜですか…あなたは戦場の僕たちを助けて下さっていたではないですか…?」
そうだ。神は春喜を通じて、危ういところを救ってくれたはずだ。
「あれは私の意志ではない。私の力をあの少年が使おうとしたまでだ。だから私はそれ以後、少年の力を封じた。しかし明日、私はそれを解放してお前たちを消し去ろう」
「そんな…春喜が…」
知らなかった。あれは春喜が望んだだけのことだったのか。僕たちは初めからほとんど神に見捨てられていたのか。僕はこの世の終わりに打ちひしがれ、膝の力が抜けてその場にがっくりと倒れた。
「なぜ…なぜ僕の弟なんだよ…」
僕は絶望のまま、それでも弟のためを思う気持ちが忘れられず、我知らず口からは悔しさがこぼれた。すると、なんとそれには答えが与えられたのだ。
「お前の弟を選んだのではない、お前しかいなかったのだ」
はっと顔を上げると、神はまだ威厳を崩すことなく、確かに僕を見つめていた。
「僕を…選んだ…?何にでしょうか…?」
そこで神は自分の右手に目を落とす。そこにはバラの花がぱっと現れ、そしてすぐに跡形もなく消えた。
「不完全ながらも、この力を使いながら、なお、多くの眠りを必要としない魂を探した。なるべく近い、神としての導き手も」
まさか。そんな。じゃあ僕は…。
僕はそう思って、すでに「結局僕のせいだったんだ」と思いながら、涙を流す理子さんの顔を思い浮かべていた。
「そして、お前を見つけた」
僕は床に手を突っ張って泣き、神はそれを無視した。
「お前がもし逃れたいと望むなら、明日、川辺にある杉の木を探してその下に立つがよい」
それを聴いて僕は顔を上げたが、その時にはもう神の姿は無く、白い椅子も消えていた。
「待って…待って!待ってください!神様!」
作品名:僕の弟、ハルキを探して<第二部>(改訂版) 作家名:桐生甘太郎



