僕の弟、ハルキを探して<第二部>(完結)
僕は一日だけ彼女と一緒にゆっくりと休もうかと思ったけど、やっぱり兵舎に行ってみた。仲間の兵士が心配だったからだ。
彼女は僕がベッドから起きる時からずっと心配そうだったけど、何度も「もうすっかり治ったから」と言い聞かせ、戸口でまだ引き留めたそうな彼女に、「晩には帰るから」と言った。
街を抜けて兵舎の門に近づいていくと、何か多くの人が言い争うような声が聴こえてきた。それがだんだん近くなり、言い争いが軍で起こっているとわかったので、僕は急いで兵舎の中へ駆け込んだ。
兵舎に入ると、二階からの怒鳴り声に混じって、一階のあちこちから、うめき声が聴こえてきた。
まだ治っていない兵士が居るんだ。
「自分は真っ先に治してもらったのに」。僕はそう思って、「何があろうとも必ず僕が初めに戦場に行こう」と、また思った。
そして喚き立てる兵士たちの居る二階へと向かった。
兵長室前には兵士が詰め掛け、中でも大きな声で争っていたのは、ロジャーと三班の兵士、アルベリッヒだった。
アルベリッヒは小柄な体からめいっぱい怒鳴り声を上げていた。彼はこう叫ぶ。
「だから!あの野郎がもっと早く来てれば済んだことなんだ!そうすりゃリヒャルトは死ななかった!みんなそう思ってるはずだろ!?兵長!出てきて下さい!」
そう叫んで兵長室のドアを叩こうとするアルベリッヒを羽交い絞めにして止め、ロジャーは彼を抑えるためにこう言った。
「待て!だからってそんなこと上手くいきやしねえよ!悪くすりゃハルキ様の意志一つで俺たち全員が殺されかねねえ!それはお前も知ってるだろう!?」
「うるせえかまってられるか!あいつに一矢報いるんだ!」
ロジャーはアルベリッヒのその台詞を聞いて、一気に激昂した。
「お前なあ!勘違いしてんじゃねえのか!?リヒャルトを殺したのはあの馬鹿でかい馬鹿どもだよ!ハルキ様じゃねえ!」
そこでアルベリッヒは振り返って、兵士たち全員を睨みつけた。その時、アルベリッヒには僕がすぐに見えたに違いない。
「でも、見殺しにした…!それは確かだろ…もっと前にも、やろうと思えば出来たんだからな…」
アルベリッヒがそう言い終わった時、僕は彼と見つめ合って、彼は憎々し気に僕を見ていた。
僕は目を逸らすことも出来ず、その目を見つめている勇気もなかったけど、アルベリッヒが泣き崩れたので、僕はわけもない罪悪感と、弟のために反論したい気持ちを堪えてうつむく。
軍がこんなことになっているなんて知らなかった。僕の弟が、「救った」と思われず、「殺した」と思われているなんて。
すると、僕が上ってきた階段を誰かが急いで駆け上がってくる音がした。
「お兄様!」
現れたのは、オズワルドさんだった。彼はいつものローブをたくしあげ、急いで僕の近くまで来て、息せき切ってこう話す。
「ここにいらっしゃると聞きまして…お話があります。どうぞおいで下さい」
彼がそう言った時、兵士たちは全員こちらを向いて、何人かは興奮した様子で駆け寄ってきた。
「こんな時に密談かよ!」
「ハルキ様の差し金だろう!?」
僕は、オズワルドさんの用も知らないのに詰め寄られて困っていたし、オズワルドさんも何も言いたがらなかったけど、兵士たちの後ろからロジャーが出てくる。
彼は落ち着いた様子で、オズワルドさんに聞いた。
「オズワルドさんよ。こいつはここの一番の兵士なんだ。借りていくからには、訳を言ってくれ」
ロジャーは兵士たちの気を上手く逸らした。オズワルドさんはちょっと言い淀んで言葉を選ぼうとしていたけど、どう言っても疑われると思ったのか、ありのままこう言った。
「ハルキ様が…お目覚めにならないのです。もう、三日になります…」
「ええっ!?」
どよめく兵士たちを背に、僕とオズワルドさんはもう宮殿へ向かっていた。
作品名:僕の弟、ハルキを探して<第二部>(完結) 作家名:桐生甘太郎