ヒコマル参上 マゲーロ3
「あら、ベス。ほらこの子がヒコマルだって」
そこにやってきたベスがヒコマルの顔をなめてなんとなく懐かしそうにしている。すこしは覚えているのだろう。
「ヒコマル、ベスと庭で遊んでてね」
ミユキちゃんは犬たちを庭に向かわせた。
ぼくの胸ポケットでマゲーロがじれているのがわかった。
「ね、ハムスターは?」
「わかったから、まあ、あがってよ。」
ミユキちゃんのお母さんにケーキの包みを渡し、ぼくらはミユキちゃんの部屋
でハムスターのケージを見せてもらった。どう見ても普通のハムスターが回し車をコロコロさせているだけだ。
そこへミユキちゃんのお母さんがジュースと切ったケーキを持ってきてくれた。
「はいどうぞ。タカアキ君たちのお母様からの頂き物ですけど。」
とお盆を畳に置いてくれた。
「ありがとうございます。」
ぼくはお礼をいってお盆の前に座った。
「あ、おいしそう、食べよっ」
「いっただきまーす」
ミユキちゃんはさっそく手を伸ばしてケーキを取りかじりついた。
「あ、美味しい!ありがとう」
アキヒコももぐもぐしながら
「おかあしゃんのけーきはおいしいんだよー」とか言ってる。
ぼくもかじりながらなんとなくハムスターのケージを振りむいたら、ミユキちゃんのお母さんがなにやらうなづいて
「わかったわ、もってくるわね」と返事して、部屋をでていった。
誰に?まさかハムスター?嫌な予感がする。
ほどなくミユキちゃんのお母さんがケーキをのせた皿をもって再びやってきた。
そして皿にのったひと切れをハムスターのケージに入れようとしてる。
「おばさん、ハムスターにもケーキやるんですか?」
「ええ、だって欲しがってるから」
なんだって?ハムスターが欲しがる?アキヒコを見ると、弟は首をかしげてポケットを指さす。マゲーロが無言でポケットの中でぼくの胸をパタパタ叩いて合図をしている。
「お母さん何言ってるの?ケーキやるなんてもったいないよ。ひまわりのタネあ
るじゃん」ミユキちゃんが抗議している。
「でもね、欲しいんだって」
「なにそれ」
もしかしてすでにやばいことになってる?
「あの、おばさん、ハムスターと見つめあったりしました?」
「え?かわいいからずっとみてたけど」
ああ、きっと乗っ取られてる。
「おにいちゃん、あれしないと」アキヒコがぼそっと言う。
「うん、わかってる。タイミングが難しいんだ」
案の定ミユキちゃんが
「ねえねえ、何言ってるの?」
「う、うん、あ、そうだ、おばさんおねがい、ぼくにえさやりやらせて」
ハムスターのケージにケーキを入れようとしていたミユキちゃんのお母さんが振り向いて
「あら、そう。そうね、子供はやってみたいわよね。」あっさりお皿を渡してくれた。
「ありがとう」とぼくはお皿を受け取り、ミユキちゃんのお母さんは
「じゃごゆっくり」
と、早々に部屋をでていってくれた。
ケーキの皿を持ったぼくに、ミユキちゃんが「ねえなにわけわかんないこと言ってるのよ。こんなの食べるわけないじゃん。ハムスターのえさはひまわりのタ
ネときまってるでしょうに」
と、ぼくからケーキの皿を取り上げた。
「い、いや、そうじゃなくて、えっと」
ぼくがしどろもどろになるのをよそに
「食べないって、ほら」
ひと切れちぎってケージのふたを開け手を入れようとしたまさにその時、
「やめろ!」
マゲーロがぼくのポケットからどなった。
「えっ?」
ミユキちゃんがケージの扉に手をかけたまま固まった。
「今なんか言った?」
ミユキちゃんが振り向いている間にハムスターがケーキをつかもうとにじり寄ってきている。
うそだろ、ほんとにこれは普通のハムスターじゃない。
「おい、何とかしろ、指かまれるぞ」
マゲーロが身を乗り出して叫んだため、とっさにアキヒコがケージを押しやり、ハムスターはケージの中で転がった。
ミユキちゃんはこれ以上ないくらい目を見開いてぼくの方を見て眉をひそめ
「ねえ、さっきからあんたたち、何言ってるの?それなんなの?」
ぼくは彼女の視線の先を追い、自分の胸ポケットで身を乗り出したまま固まっ
ているマゲーロを見つけた。今さら人形のまねしたって駄目だろ、マゲーロ。
あ、でも後で記憶塗り替え装置を使えばいいのか。
「あ、あのさ、これにはいろいろとややこしい話があって」
「ねえ、それ何?カエル?」
「わがはいをカエルよばわりするなっつーの!」
ああ、マゲーロ、黙ってればごまかせたのに…カエルよばわりに反応したらだめだって。
ミユキちゃんはますます目を見開いて
「あ、あ、」唇をわななかせて叫びそうになっている。
大騒ぎされたらまずい。
「あ、あのね。実はこれはぼくらの友だちの宇宙人なの。そのハムスターは脱走した宇宙人なんだとか。」
「何わけわかんないこといってんのよ」
せっぱつまったミユキちゃんが皿を投げそうになったのでアキヒコが
「ミユキちゃん、大丈夫だよー。マゲーロっていうの。いい宇宙人だよー。」
袖を引っ張って間延びした声でなだめたら、ミユキちゃんは皿を畳において座りなおした。
いたいけな幼児パワーか。弟連れてきてよかったよ。
9章
ぼくは向かい合って座り
「あのさ、説明するから、落ち着いて、ね」
と、ポケットからマゲーロを出して畳に置いた。いつもの偉そうな態度はどこへやら、神妙に正座している。
ミユキちゃんは興味津々にマゲーロを見て、
「ね、触ってもいい?」
とマゲーロの頭に指先で触れた。動物好きのミユキちゃんのことだから驚きより
興味が上回ったんだろうなあ。さすが子どもは柔軟。
マゲーロはカチカチに緊張してるのが見て取れる。
「あのね、マゲーロたちは地球に不時着した宇宙人のコミュニティにいてね、たまたまぼくたちと出会って友だちになったんだよ」
後で記憶消去装置を使うにせよ、ぼくはどこまで話していいものやらわからないので「あとマゲーロが説明してよ」と振った。
ミユキちゃんはマゲーロをよく見ようと身をかがめ、いっそう顔を近づけた。
さらに固まったマゲーロが語りだす。
「ワレワレはユーコーテキなウチュージンでありまして、危害をくわえるものではありませんのです。」
なんだなんだ、ガチガチに緊張してるよ。変なやつ。もしかして女の子相手だとこうなるとか?人種、いや人類でさえないんだが、を超えた恋?って小学生の
ぼくがこんなことわかるわけないんだけどさ。
「ところが、そのハムスターみたいなの生き物は、地球人類に危害を与える可能性のある危険生物なのであります。そいつは我々が閉じ込めていた場所から脱走したため、我が輩が追っていたのでありますが、先にこいつらタカとアキがつかまえて、こともあろうにお嬢様にさしあげてしまったのであります」
「ねえ、マゲーロ、話し方変だよ。」
「マゲーロ、女の子だといつもみたいにお話しできないのー?」
アキヒコまでが茶々をいれたので、
「うるせー、そんなんじゃねえ、初対面だから礼儀をわきまえないと地球に居候してる立場としてはまずいと思ったからこそ…」
作品名:ヒコマル参上 マゲーロ3 作家名:鈴木りん