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哲学者の苦悩

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「あんたも飲む?」
「自分で入れるから平気だよ」

豆をカップに入れ、半分より少し上までお湯を注ぐ。冷蔵庫から牛乳を取り出しコーヒーと絡めていき、そのついでに小さじ1杯砂糖を入れる。そしてこの三つの要素をかき混ぜるのだが、この時、時計回りや半時計周りのようにスプーンを動かすのではなく、円をぶった切るようにスプーンを上下もしくは前後させるといいらしい。どこから仕入れた情報なのかは忘れてしまったが、伊達にカフェでバイトしていたわけで、それなりの説得力はあろうことを信じている。だが真実がどうであれ、コーヒーは美味しければよいのだ。それはコーヒーのイデアともいえよう。
コーヒーとは人生のようにその単体だけではとても苦いが、それもまた良し。牛乳という伴侶を得て風味を損なわせない少しまろやかにするも良し。砂糖という愛人に酔いしれればほろ苦く甘い人生の出来上がりだ。だがしかし男性および女性賢君、コーヒーに砂糖を入れすぎると不快感を覚えるように、甘いものには毒があるのだよ。あくまで主役はコーヒーであり、その真っ黒い人生を塗り替えてくれるのは砂糖ではない牛乳という伴侶なのだということを、努々忘れぬよう。
すっかり姉とリビングでくつろいでしまい、私は本来の目的である炬燵にアイスという至福の行為を忘れてしまった。だがそれもまた良し。
部屋に戻り、炬燵へ入る。

ショウペン・ハウエル氏曰く、多読であることは意思や思考を他人に委ねることと同義だといい、それに私はよくぞ言ってくれた!と少し誇らしげであった。決してショウペン・ハウエル氏の意志に飲み込まれたわけではなく、むしろ、そうであろうそうであろう大事なのは知識なのではなく思考力であろうと、あたかも私が先に発信したかのように今まで真面目に勉強と読書を拒否していたことに誇りを持った。それは勇気ある怠惰であり、たとえ寝転んでいようとテレビを見ながらポテチを食べていようと私は人間はなんたるかという人類史上最大にして究極の難題を片時も忘れることなく思考し続けたのである。
だが決して一度たりとも勉強と読書をしたことがないわけでもないのだ。
ショウペン・ハウエル氏曰く、天才が書いた本と古典を読むべきでありと言っており、私は誰からも言われたわけでもなく古典や遥か彼方大昔会ったことのない友人の本しか読み漁ってこなかった。ちなみにこの友人とは名のある哲学者達のことである。
そして私は今、アイスと言う贅沢食品及び思考のために必要なエネルギーを摂取したことにより、炬燵という布団よりも温もりを提供してくれるがそれゆえ怠惰もしやすい戦友のなかで、その怠惰に負けぬよう必死に頭を捻っていた。

作品名:哲学者の苦悩 作家名:茂野柿