哲学者の苦悩
私はよく意図せず独り言を大声で言う癖がある。どうやら今まで頭で考えていたことは声に出ていたらしい。
それはともかく、私は姉という野蛮なアイヌ人に用はないのだ。とっととこのアイスを然るべき所へ還してあげよう。そして寒さに負けず、怠惰に打ち勝った私自身にアイスという名の褒美を献上しよう。そうして冷凍庫の取っ手をつかんだ瞬間、稲妻が走った。果たしてこの少し溶けかかっているチョコレートアイスは、再冷凍した時に綺麗な形になっているのだろうか。仮に取り出す前と殆ど同じ形に戻ったとしても、それはテセウスの船と同じく、同じチョコレートアイスなのだろうか。私は哲学者であり、人間である。故にたとえ同じ形のものでありながらその本質を見抜けないのは、哲学者の恥さらしであり更に末代までの恥となる。
…まあ味変わらないと思うしいいか。
聖地巡礼を済まし、バニラアイスを持って私は炬燵へと帰ろうと、リビングの扉の取っ手をつかんだ。その瞬間私の意志とは裏腹に、手がドアノブを捻らない。それはとある悪魔的な匂いが部屋中を蔓延していたからであった。その匂いは人を惑わし、かつてはそのためだけに戦争をおこしたとされる幻の豆、即ち珈琲の匂いであると私の脳は決定した。
因みに完全な余談だが、煙草と珈琲の組み合わせは本当に最悪で、なにより最悪なのはそのシュールストレミング並みに臭い口臭に本人は気づかないのだ。それに対して「口臭いですよ」と誰もが言えなかったが、その代わり私はブレスケアを勧めた。正直我ながらファインプレーだと思ったがそれすらも要らないと言われてしまい、結局地獄の口の臭さに顔を歪めないように気を付けるしかなかった。実話。閑話終わり。