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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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僕の弟、ハルキを探して<第一部>

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Episode.7 弟の世界








それから僕と老人は、春喜が眠っているベッドのそばにあった、小さな丸いテーブルと椅子が二つ切りの席に腰掛けて、長いこと話をした。

「なぜ…春喜が神と呼ばれるのですか…?」

老人は少しの間、上手い言い方を考えているように、自分の顎髭を片手で伸ばすようにいじくっていた。

「…我々人類は少しずつこの世界へと移され、初めの頃は全員が戸惑ったままで、元居た世界にあったような、社会といったものは、無いも同然でした。…しかしこの世界にある物質が前の世界と同じように扱えると知ってから、技術者であったものはそれを研究しながら様々に生活に必要な物を作り出し、そして我々は元のように社会を作り上げて、「一体自分達はなぜ急に存在ごとここに送られたのだろう」という問いだけが残ったまま、もう一度世界を構築したのです…」

老人がそう言った後で少し黙っていると、僕たちが就いていたテーブルの上に、湯気をたたえた小さなティーカップが突然現れた。あまりのことに僕はまたびっくりして、身を引いてあたりをきょろきょろと見回す。でも、急にお茶が現れるような理由はどこにも見当たらず、老人に目を戻すと、彼は春喜を見つめていて、「ありがとうございます、ハルキ様」と、春喜に向かっておじぎをした。

まさか、これを春喜が用意したんだろうか?眠っているのに?

「頂きましょう。ハルキ様のお心遣いです」

老人は有難そうにお茶のカップを口に運ぶ。ティーカップとソーサーは白く、縁に金色の模様が描かれたものだった。僕もこわごわカップを手に取りひと口飲んだけど、変な味もしない、美味しいお茶だった。でも、紅茶とも緑茶とも違って、それはすっきりと青々した香りと、ほんのり甘い飲み物だった。何とも言えない不思議な味で、僕はそれをもうひと口飲んでから、カップのソーサーに戻す。

老人はまたしばらく黙っていたけど、懐かしく、そして願い事を神に向かって喋るように、切なそうな微笑みを浮かべていた。

「ハルキ様を見つけたのは、この場所でした…。その時、タカシ様はすぐそばで起きていらっしゃって、何も仰いませんでした」

まいったな。タカシまで「様」と付けて呼ばれているのか。でもその時僕は気づいた。この場所にタカシは居ない。僕の予想では、二人はいっぺんに見つかるんじゃないかと思っていたので、意外だった。老人は僕が口を挟む隙を与えず、またこう続けた。

「初めわたくしがハルキ様を見つけた時、「子供がこんな場所に一人では危なかろう」と思って、抱きかかえて安全な場所へお運びしようと致しましたが、ハルキ様のお力に阻まれました」

僕はさっき老人の身に起こったことを思い出した。触れてもいないのに、手を近付けただけで老人の手が血に染まっていたことを。まさか、春喜はこの世界ではずっとそうだということなのだろうか?

「他の者を呼びましたが、誰もハルキ様に触れられなかったため、「この方は神の申し子なのではないか」と思う気持ちが、その場に居た誰もの胸に過ぎりました」

そうか。それでこの人はそんなふうに勘違いをしてしまったんだなと僕は思い、「そんなことが有り得るはずがない」と、まだこの時は信じていた。老人はお茶を何度か口に運び、そのたびに芯から喜んでいるような顔をしていた。

「ですから、我々がここにハルキ様のために雨風を避けられますよう小さな宮殿を作りますと、ハルキ様はやっと一度だけお目覚めになり、初めにハルキ様に触れようとした時にわたくしが傷ついたことを憐れんで下さり、傍に居たわたくしの手を取って下さいまして、我々が設えましたベッドに横になり、そのまますぐにまた、長い眠りについたのです」

そこで僕は、「じゃあ春喜はずっと眠り続けているのか」と聞きたかった。しかし老人の目はもう僕を見ず、春喜に対して抱いているらしい尊敬にばかり目がいくのか、話をしながら恍惚と感謝を表すように、満たされた表情を宙に浮かせていた。僕はなんだか気味が悪くなってきた。

「我々はこの丘や、その下に広がる土地に花や木を植え、祝福を賜るため、毎朝私と数名の者がここを訪れ、お姿を拝し、タカシ様がいらっしゃれば、タカシ様の口からハルキ様のお言葉を賜ることが出来ます」

「タカシの口から春喜の言葉を聴く」?一体どうなっているんだ?でも、見渡してもタカシはここには居ない。僕は老人の話を元々受け入れられているわけではなかったけど、話が食い違っているような気がして、そこから老人に対してますます疑念を深めた。

「タカシ様の口からハルキ様が我々にお言葉を下さる時に、時々はハルキ様はご自分のご要望を仰ることもございますが、お言葉のほとんどは、外からの侵略者のお告げや、新しく「ギフト」をお授けになった者を我々にお知らせになること、それから、家族を亡くした民をお慰めになるお言葉や、我々が進むべき道を指し示して下さる、有難いお導きを下さいます…」

「ギフト」?なんのことだ?僕がそう思って口を開こうとすると、老人はそれに気づきもしないで話を続ける。

「そちらに写真立てがございますが、ある朝ハルキ様の枕元に現れましたお写真を収めてございます。お兄様である貴方様と、お母様、そしてお父様とご一緒に、ハルキ様が写っていらっしゃいます」

僕が慌てて春喜のベッドの枕元に向かって振り返ると、木で編んだような、丸くて小さなテーブルがあった。その上には、僕たち家族の写真が写真立てに入れて飾られ、写真立ての隣には、花を生けた透明の花瓶が置いてあった。その花瓶の花はまだみずみずしく、今日摘み取られたばかりに見えた。僕がそれに気を取られていると、老人が僕に向かってこう言う。

「先ほど、わたくしの傷が治ったことに、さぞ驚いたと思います」

その言葉に僕はまた老人に向き直って、真剣に話を聴こうと少し身を乗り出した。老人は僕のその態度をもっともだと言うように、何度かゆっくり頷く。それから自分の手のひらを見つめて微笑んでいた。