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八九三の女

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[駄賃]



「いなかったって、誰が?」

聞かなきゃ、話しが進まない

親父殿も古参バーテンダーも、お前のお袋さんもいただろう
他に誰が、お前に必要だったんだ

「ユキだよ、ユキ」
「お前、何時でも何処でも連れて来てたじゃん、真っ白いうさぎの縫い包み」

確かに、お前にはユキを紹介出来た
ユキと頭を擦り合わせ挨拶してくれた、お前を覚えている

「お前さ、悔しかったんだろ?」

「あ?」

「俺だけ鉛筆、齧ってたから」

本気で意味が分からない
真顔で思考停止する社長に店長が言い捨てる

「だってさ、お前もしゃぶってたじゃん」
「ユキのおみみ、うまそうに」

マジで羨ましかったから覚えてる、と付け加える店長に
社長が戸惑いながらも言う

「そうだった、か?」

「そうだよ」
「禁断症状が出た中毒患者みてえに俺の事、詰りやがって」

だろうな
親父殿に拳骨で小突かれるくらいだ
泣いた幼馴染を抱き抱えていたお袋さんが
直ぐ様、自分の事も抱き寄せ宥めてくれたが大層な事を言ったんだろうな

「ごめん」

裏、表関係なく
謝罪は一律、ごめんなさい、だ

頭を下げる社長の姿に目をまん丸くするも店長は
その、後頭部を撫でて笑う

「一生飲めるな、これ」

店長曰く
酒の肴の話しとして、美味過ぎるという意味だ

「勘弁しろよ」

後頭部を撫でる店長の腕を払う、社長が吐き捨てる
そうして笑い合う二人だが、店長が思い出したように話しを戻す

「で、どうしたの?ユキ」

「なくした」

そう言うしかない

いやにあっさり答える社長に
店長は気に食わない様子で片眉を上げるも、頷く

「あ、そう」
「じゃあ、いつか見つかんだろ」

「あ?」

「だって、そうだろ?」
「なくしたんなら、どっかから出てくんだろ?」

どうやら「失くした」を「無くした」と捉えたようだ

ここに来て漸く、店長は若手バーテンダーを呼んで注文する
「お前は?烏龍茶でいいの?」と、聞く店長に社長が頷きながら
同意するように言う

「そうだな、いつか見つかるといいな」

どうしても他人事のように言う、社長の肩を店長が豪快に叩く

「元気出せって!見つけてやっから!」

どうせ屋敷に置きっぱなしなんだろ?
と、高を括る店長に罪悪感が湧かない訳ではないが
矢張り、本当の事は言えない

「ああ、期待してる」

そうして上着のポケットから取り出す
古銭チョコを二枚、カウンターテーブルに置く

「駄賃だ」

甘党の社長とは違い
辛党の店長にとっては甘いチョコは、この一枚で充分だ

勿論、もう一枚は自分の分だ

幼き過去の記憶が蘇る
その古銭チョコを篤と眺めた後、店長が声を上げた

「マジか?!お前、未だ通ってんのか?!」

「ん」

「クマは?!クマは?!って、流石に…?」

「流石に二代目だ」

「かー、だよなー」

なんとも言い難いのか、その顔を歪め
丸で頭髪を搔き乱すように剃髪した頭部を思う存分、撫で回す

「一代目と一緒で全然、懐きやしねえ」

ぼそりと零す社長の言葉に店長が大笑いする

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫