八九三の女
[青い春 part3]
事の経緯はこうだ
委員会の為、帰宅が遅くなる旨の連絡を入れると
ならば腕に縒りを掛けて、と社長が晩御飯を作る事を買って出る
お言葉に甘え、恙なく会議を終え
桜並木を校門に向かって歩いていると月見里君に呼び止められた
久し振りの1on1に誘われたのを良い機会だと思い
叔母と運転手兼社員(以下、社員)の問題を片付けようと考え、連絡を入れる
今日は欠勤だと昼間、叔母からメッセージがあったからだ
お節介と言えば、お節介だったかも知れない
そして社長にも再度、連絡する
「叔母と会う用事が出来たので帰宅が遅れます」
そして社長の返信が下記だ
「晩飯に呼ぶといい、社員も呼ぶ」
社長と社員の間で、どんな遣り取りがあったのかは分からない
先は憶測だ
社長の指示を受けた社員が
叔母のマンションに迎えに行ったはいいが
少女の呼び出しで出掛ける叔母と合流して社員も付いて来た
とでも、いう所だろうか
兎にも角にも言葉もなく、徒ならぬ雰囲気の三人を前に
なんとなく状況を理解し始める社員を余所に叔母は満面の笑みだ
月見里君の言動也、行動也を真面目に捉えるのは難しい
偏に、飄飄と接する彼にも原因があるかも知れない
それでも月見里君は本気だった
それは少女も知っていた
それは小鳥遊君も知っていた
それを叔母にも知って欲しかった
そう思うのは、お節介だったのだろうか
尚も立ち尽くす月見里君に代わり
小鳥遊君が面する男性に視線を向ける
濡羽色の背広姿に身を包む、長身の男性
ホストに見えなくもないが嫌でも思い出される記憶
違いはタイをしてるか否かだけ、その風体に小鳥遊君が口を開く
「すみません」
「職業、お聞きしてもいいですか?」
若干、声が震える
「これは武者震いだろう」と、自分自身に言い聞かせる
社員は小鳥遊君というよりも
月見里君の気持ちを組んで素直に答えた
「金貸し屋だ」
裏街では真っ当な職業でも
表街では八九三な職業に当て嵌まる
それでも、ホストよりはマシなのか
考える小鳥遊君が其れとはなしに続ける
「叔母さんは部田の彼氏さんを、ご存知ですか?」
小鳥遊君の、その質問に社員が
「その情報は不味いだろう!」と、止める間もなく叔母が答えた
「う~ん、社員君の社長さんだよ~」
思わず小鳥遊君が小さく、笑みを零す
同僚さんじゃねえのかよ
真逆の、社長さんなのかよ
当然といや当然か
其処ら辺の大人とは段違いに風格が有り過ぎる
成る程、目の前の社員さんが自信満満に言い切る訳だ
「あの人」の下で働く、それ故の自信なんだ
「じゃあ、俺達の負けだな」
とでも言うような眼差しを向ける小鳥遊君に月見里君が小さく、頷く
叔母の暴露に内心あわあわする社員だったが
目交ぜする二人の少年を交互に見て
なにより何事もない態度でいる少女を見て
「公認の?」
と、首を傾げる
そして漸く、衝撃から復活した月見里君が声を張り上げる
「お似合いっす!カッコいいっす!」
素直に喜ぶ、叔母の天真爛漫な笑顔を眺める
月見里君に社員が言う
「君もカッコいいよ」
一瞬、驚いた表情で社員を見つめるも直ぐに飄飄と答える
「ですよねー!よく言われるっすー!」
嗚呼哀哉、晴れやかに巫山戯る月見里君に叔母が
「本当、可愛いよね~」と、その肩を小突く
きゃはきゃは笑う叔母に釣られて
社員も笑い声を上げるも思い出したように、促す
「そろそろ、行くか」
「うん~、月見里君も小鳥遊君も行こ~」
社員の言葉に頷く叔母が手を差し出すも
ジャージー姿の月見里君は両手を広げて、手ぶらをアピールする
「荷物、教室に置きっぱなんで先に帰っていいっすよー」
歩き出す社員を目で追いながら
「そっか~、またね~」
と、答える叔母に月見里君が聞く
「叔母さん」
「名前、教えてもらってもいいすかー?」
「あれ?言ってなかった~?」
笑顔で頷く月見里君に叔母も満面の笑みで答えた
「百(もも)だよ~、百萬 百(ひゃくまん もも)だよ~」
すんげー名前だなー、と驚嘆する月見里君を余所に
手を振り振り叔母が少女に声を掛ける
「千~、帰ろ~」
頷くも薄闇の中、叔母が確認出来たか分からないが
取り合えず、ベンチ椅子の背凭れに掛けた制服の上着を手に取る
そうして通学鞄を引っ掴む
少女が小走りで小鳥遊君、月見里君の前を通り過ぎる際に
「また明日」と、声を掛けた
大分、先を行く叔母と社員の姿を追い掛ける少女に
手を振る月見里君の隣で小鳥遊君が、言う
「部田、彼氏さんとHしてるの?」