八九三の女
[親父殿]
珍しく、幼馴染の店長に呼び出しを食らい
真昼間の倶楽部に足を運べば中央階段に陣取る
バーカウンターのカウンターチェアに腰掛ける、親父殿の姿を発見した
思わず条件反射で回れ右をするも
いつの間にか背後を取る店長に両手で押さえられ足止めされる
「ごめん」
「呼んだの俺じゃなくて、親父殿」
「帰る」
「だよね~」とでも言いたげに首を傾け
店長は下手に貼り付けた愛想笑いで社長に対応する
いつも以上に気色悪い、と社長は若干、引く
「取り合えず回れ右」
「断る」
「無理」
即答する言葉に被せて即答する
眉根を寄せる社長に店長は笑顔を崩さずに、囁く
「疾っくに見つかってる」
漸く、店長の貼り付けたような笑顔が
自分を通り過ぎ、背後の誰かに向けている事に気が付いた
「誰か」は言わずもがな
恐る恐る振り返れば年末年始以来
会う社長に満面の笑みで豪快に右手を振る親父殿と目線が合った
社長も小さく右手を挙げ辛うじて唇に笑みを拵える
唇を引き攣らせながら店長に呟く
「お前、覚えてろよ」
「お前こそ無事、生還しろよ」
貼り付けたような笑顔で
明らかに愉快そうに返す店長の言葉に一旦、怒りを忘れて
社長は蒼褪めた顔で思い当たる節を懸命に探す
親父殿の呼び出しを食らう等、滅多にない
そして食らう時は略略、説教一択だ
店長に、その肩を叩かれ
背中を押される思いで一歩一歩、バーカウンターへと足を進める
呼んでいるのか
呼ばれているのか
思い当たる節があるとすれば、あるんだ