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八九三の女

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[クマ]



倶楽部に出勤する叔母を送ってくと、言う
社員と別れ一人、帰宅路を歩いていると遠く犬の吠える声が届く

嫌でも聞き覚えのある
目線を向けると夕方の散歩時間なのか
顔見知りのお婆さんと尚も吠え続ける柴犬と目が合う

「おかえり?」
「それとも、行ってらっしゃい?」

少女の傍らまで来た、お婆さんが問い掛けた

お出掛け帰りなら、「おかえり」
お買い物途中なら、「行ってらっしゃい」だ

「ただいま」

「飴玉お一つ、どうぞ」

にっこり笑って上着のポケットから飴玉を取り出す
お婆さんから受け取りながら少女は彼女の足元に陣取る柴犬を見遣る
先程までの威嚇が嘘のように大人しい

因みに彼の名前は「クマ」だ
ふかふかの首根に埋まる首輪からぶら下った、名札で確認した

それは、よく見たら「イヌ」だった、という落ちなのか?
それとも、クマの様に大きくなれよ~、的な事なのか?

何方にせよ自分は、お近付きになりたくない

そうでなくとも嫌われている
抑、どうして嫌われているのか、分からない

「クマ」

「うん?」

「クマは私の事が嫌いみたい」

クマを見つめながら、そう零す少女にお婆さんは目を丸くする

「違うの違うのよ」
「クマは貴女を見つけた事を私に教えてくれてるのよ」

少女がお婆さんに顔を向ける
お婆さんは目陰して遠望する振りをしながら、言う

「私の目はね、悪くて遠くがよく見えないの」
「でもね、クマは鼻もいいし耳もいいし勿論、目もいいの」

「だからね、どんなに遠くからでも貴女を見つけてくれるのよ」

「どうして」

「うん?」

「どうして、私を見つけるの?」

心底、真面目に尋ねる少女に
お婆さんは可笑しくて堪らないのか、口元に手を当てた

「どうしてかしらね、クマ?」

そうして「お座り」したまま
じっと待つクマを見た後、自分に意味深な目配せをする
お婆さんと目線を交わした少女は試みる

クマの前に屈み込み、右手の平を差し出してみる
その際に気を付ける事は頭ではなく顎の下を撫でるように差し出す事だ

瞬間、左前足を上げ、勢い良く振り下ろしたクマの力は強く
少女の右手は見事に地面に押さえ込まれる

短い声と共に固まる少女にお婆さんが慌てて助けようと身を屈む

が、少女の口元が綻ぶのを見た
お婆さんもゆっくりと微笑んでクマの頭を撫でる

「あらあら素直じゃないのね、クマ」

素直じゃなくてもいい
素直じゃなくても見つけてくれる事に変わりない

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫