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八九三の女

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[挑戦状]



タッパーウェアを詰めた手提げ袋を手に少女が
叔母のマンションへと赴くと運転手兼社員(以下、社員)が出迎える

「はえーよ!」

確かに約束の時間よりも多少、早いが問題は別にあるだろ

社員がいる事に面を食らうも小さく頭を下げ、挨拶する
少女の態度に「うんうん」と、満足げに頷く社員を余所に居間に向かうと
取扱説明書片手に炊飯器相手に悪戦苦闘する叔母がいた

少女の姿に気が付くと満面の笑みで跳ねる

「千~千~!」
「あたし~炊き込みご飯って奴、作ってるの~!」

「炊き込みご飯の素、で?」

言ったものの直ぐに少女は反省する
全く、家事も料理もしなかった叔母が一念発起した遣る気を
挫くような言い方、本当に良くない

当の叔母は気にする風もなく
「なになに~?そんな便利なものがあるの~?」と、呑気に聞く

少女が微笑んで炊飯器の中身を覗き込むと、どうやら鳥五目らしい

「具はどうしたの?」

炊飯釜内の不揃いな具材を見止め、言う

「だから~作ったんだってば~!」

「叔母さんが?」

「あたしが~!」

一概には信じられない
だが、胸を張る叔母の絆創膏だらけの指先が物語っている

「俺が教えた」
「俺も無駄に一人暮らしがなげーから」

居間に戻って来た社員が
台所で遣り取りする二人を眺め答え合わせをする

叔母は少女が差し出す手提げ袋を受け取り、ぷぷぷ、と吹き出す

「うそだったの~、彼女がいるっていうの~」

そうして手提げ袋の中身を確認して
「あ、セロリの浅漬け~、大好き~」と、燥ぐ叔母に
社員が「食いたい食いたい」と、手提げ袋に顔を寄せる

じゃあ、あの時の社員が帰った本当の理由はなんなんだ?
と、でも言いたげな少女の視線を受けて
社員は癖のある前髪を掻き揚げ、仕方なく答える

「会社絡みなら兎も角、プライベートでは無理ゲーだよ」

食事会やら飲み会やらなら
社長の周りは先輩社員が囲み、自分の出番はない

遠くの席で適当に相槌を打って酔っ払えばいいだけの話しだ

だが、一対一となると話は別だ
社長の相手など自分には力不足だ

二十歳其処其処、稼業を継いだ時から
新参の社長に古参の社員達が文句も言わず順従する

そんなの異例だ
そんなの異例だが罷り通るんだ、あの社長なら

あの社長相手に踏み込んでいく勇気も覚悟も自分には足りない

チンピラ風情の見た目とは違い
真面目に語る社員に少女は少しだけ意外そうな顔をするが
叔母は叔母で何故か満更でもない顔をしていた

二人の視線が気まずいのか、社員が手を振って叔母に指示する

「俺の事はいいから早く!炊飯ボタン押せよ!」

社員の言葉に叔母は首を傾げ、取扱説明書の頁を開く

「うんとね~、炊き込み設定にしないとだめなんだよ~」

叔母の言葉に少女が炊飯器に手を伸ばす
慣れた動作で「炊き込み設定」を選択すると同時に「炊飯ボタン」を押す

炊飯開始の「ぴー!」音が鳴り響いた刹那、悲鳴を上げる叔母

「ごめん」

「やらかした」と、察して慌てて謝る少女
「気にしないで」と、ぷるぷる頭を振るが叔母は涙目だ

行動を後悔する少女と涙を堪える叔母

居合わせる社員が少女の頭をくしゃ!、と撫で
叔母の頭をくしゃくしゃ!、とする

「泣くな泣くな」
「また、サプライズで作ってやろうぜ!」

少女が訪問する前に鳥五目御飯を炊いての、サプライズだったのか
社員は稼働し始めた炊飯器を指差し、宣言する

「ぜってーうめえから!」

叔母が少女の為に拵えた、鳥五目御飯
手の指を絆創膏だらけにして拵えた、鳥五目御飯が不味い訳がない

目と目が合う、少女と叔母

少女が叔母に向かって小さく、笑う
叔母はにかっと笑うと、その下唇を指で摘まんだ

「ねえねえ~」
「今度はなにが食べたい~?」

最早、サプライズでもなんでもない
鳥五目御飯、差し入れのセロリの浅漬けに舌鼓を打ちつつ
うきうきしながら尋ねる、叔母に少女は社員を見遣る

「今回の、お礼に社員さんの好物を作ろうか?」

少女の提案に
叔母は名案だ!と、ばかりに目を開いて手を叩く

二人の遣り取りを、茶碗を呷り
鳥五目御飯を掻っ込み聞いていた社員が答える

「じゃあ、鰤大根」

叔母は「なにそれ」と、いう顔をするが少女は微かに眉が上がる

鰤大根

鰤の粗を大根と一緒に醤油で煮付けた
鰤に脂が乗ってくる季節である冬の料理で、日本の郷土料理だ

そう、調理自体に特別な事はないが
下処理の有無に拠っては美味くも不味くもなる、料理

春なのに、鰤?
ならば春大根で、考えて少女は社員と目が合う
瞬間、その目が笑うように細くなる

成る程
社員からの「挑戦状」と、理解した少女は受けて立つ事にした
何気に負けず嫌いなのかも知れない

まあ、実際に受けて立つ立場なのは
少女の指導で調理する叔母なのだが、そんな事など露知らず
セロリの浅漬けのお裾分けを強請る社員相手に
タッパーウェアを抱えて死守していた

「お前なあ!」
「お前なあ!そーゆーとこだぞ!」

「な~にが~?」

全く以て、埒が明かない
と、諦めた社員が少女に振り返り、にやにやする

「じゃあ、いいぜ」
「姪っ子に作り方、教えてもらう」

途端、慌てて頭を振る叔母が社員の腕を引っ張った

「だめ!」
「あたしが千に教わって教えてあげるから、だめ!」

「いいっていいって、無理すんなって」

「むりじゃないから~むりじゃない~」

そうして、お互いの手と手を取り合って
ゆらゆら腕を揺らす二人の様子に少女は不審を隠せず薄目になる

そういう事なのかも知れないが
そういう事ではないのかも知れない

社員がセロリの浅漬けの作り方を知りたがる以上に
少女は二人の急展開な関係を知りたかったが聞ける筈もなく
唯唯、月見里君の顔が頭に浮かんだ

「浅漬けの素に漬けるだけ」

ぼそりと暴露する少女に叔母は悲鳴を上げる

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫