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八九三の女

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[姪]



叔母の癇癪染みた「ヤダー!」の絶叫を聞きながら
台所でお茶の支度をしている少女は思う

良く言えば情熱的
悪く言えば激情的

少女の母親もそうだったのである程度、免疫はある
本当に似た者、姉妹だ

唯、金貸し屋の二人が耐えられるかどうか

兎に角、金貸し屋でも御客には変わりない
少女は盆に湯呑茶碗を二つ、マグカップを一つ乗せる

生憎、叔母と二人暮らしのこの家には湯呑茶碗は二つしかない
叔母にはマグカップで日本茶を飲んでもらおう

居間では未だ地団駄を踏み
「イヤだー、イヤだー」を連呼する叔母に社員の限界も近かった

垂らした前髪の隙間から瞬きもせず
叔母の様子を眺めている社長に泣きそうな声で耳語る

「なんで耐えられるんですか?」
「俺、もう無理です」

こうなった原因を作った、お前が言うな

無意識に背広の内ポケットに手を伸ばし掛ける社長の前に
姪である、少女が膝を付き湯呑茶碗を置いた

社員の湯呑茶碗、叔母のマグカップとローテーブルに置く
そうして盆を小脇に抱え、立ち上がろうとする少女の腕目掛け
社長の腕が伸びてきた

驚いて、身を引くも間に合わず
腕を掴む社長の顔を仰ぐと、その口元が歪んだのを見た

何事か、と叔母が社長に向き直る
次の瞬間、彼は空の手で湯呑茶碗を掴み、中身を一気に呷る

叔母は音を立て上下する、その喉仏と
自分のマグカップから立ち昇る湯気を交互に見ていたが
軈て、飲み切った湯呑茶碗をローテーブルに置き、社長が口を開く

「お前、好き勝手にしたいんだな?」

話し掛けられ、叔母の視線は社長で留まる

「好きに金を使って」
「好きな男といたいんだろ?」

「でもって、身体を売る覚悟はねえ」

屑だ
屑過ぎる

社長の心の声が叔母の耳に届いたのか
少し、居心地が悪い

「あたし、我儘?」

下唇を指で摘まみ、俯く叔母が
漸く、答えた返事は質問返しで社長はゆっくりと首を回す

「さあな」
「取り合えず、湯呑を持て」

興味のない会話に付き合う暇はない

そんな態度丸出しの、社長の意味不明な言葉に
叔母の頭の上に耳垂れマークが浮かぶ

結局、動けない叔母の代わりに
社員が自分の湯呑茶碗と叔母のマグカップを持ち上げる
社長の湯呑茶碗は彼が握ったままだ

結果が望み通りなら過程は問題じゃない

首を傾げたままの叔母の目の前に
掴んだ少女の腕を引っ張り上げ、ローテーブルに押し付ける
当然の事ながら少女の身体も雪崩れ込む

「好き勝手にやる為の、担保だ」

天然と言われる叔母は他人の言葉を理解するのに時間が掛かる

時間を要する間、叔母は姪を見下ろす
同じように、叔母を見上げる姪
漆黒の黒目勝ちの目が怯えたように震えていた

瞬間、弾かれたように頭を左右に振り絶叫する

「ダメダメダメダメ、ダメー!」

「イヤ」が「ダメ」になった時点で社員は眩暈がした
彼女に加え、少女までもが泣き出すものなら
自分はこの部屋のベランダから飛び降りる自信がある

だが、少女の反応は違った
怯えている、その感情を表に出す事なく答える

「大丈夫」

頭を抱え泣きじゃくる叔母に再度、少女が答える

「大丈夫」

社長は顔には出さないが
気丈に振る舞う少女の態度に少なからず、驚いている

そして叔母の事を理解しているのか?信じているのか?
「大丈夫」と、言う少女の言葉にも驚く

だが、社長も少女の言葉に同意見だ
叔母は弄ばれるだけ弄ばれて、捨てられる類の女なのだ

自分からは捨てられない
自分からは捨てられやしないんだ

姪を選ぶ事も
ホストを選ぶ事も
二人を天秤に掛ける事も出来ないんだ

だから、大丈夫なのだ

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫