八九三の女
[ホステス]
先祖代代、金貸し屋を生業とし裏街に身を置く社長は目の前に座る
自分と大して歳の変わらない、部屋着姿の女性を眺めた
随分と小柄な上、化粧をしていない為か年齢以上に幼い印象だ
ホスト狂いの、中堅ホステス
度重なる同僚ホステス相手の借金、店への給料前借り
挙句の果て、返済と融資を目的に闇金融業者に手を出そうとした為
勤める倶楽部の店長に相談を持ち掛けられた
社長と店長は幼馴染で
彼も社長同様、親の稼業を継ぐ若き実業家だ
金の問題、ホスト関係で倶楽部に迷惑を掛けるのなら
系列の風俗店で働かせる事も辞さない
と、目の前のホステスは店長から最後通告を喰らった
だが、飽くまで最終手段だ
でなければ、店長は自分に頭を下げる必要はない
「どうすんだ、お前」
小作りのローテーブルを挟み、ソファに腰掛ける社長とホステス
会話のない二人に社長の背後に立つ、社員が話し出す
「ホストが彼氏とか馬鹿だろ?」
「体良く、貢がされてるだけだろうが?」
黙って唇を尖らせ、社長を睨み付けていたホステスだったが
キッ!と社員を仰ぐと激しく、ローテーブルに両手を叩き付けた
その勢いで立ち上がる
「馬鹿じゃないも~ん!」
「他人の事、馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ~!」
ホステスの見た目以上に
幼い言葉遣い、声に思わず社長は溜息が出た
そうして落とした目線の先
派手にネイルアートを施した爪が視界に映る
キャンディネイルとでも言うのだろうか
左手の薬指の爪に、ロリポップが乗っかっていた
幼過ぎだろ
なにも幼いのは、ホステスだけではない
社長が連れて歩き背後に控える社員も同じだった
案の定、社員が身を乗り出し言い返す
「馬鹿だろ!馬ー鹿馬ー鹿馬ー鹿!」
「馬鹿じゃないって!」
小憎らしい顔で小馬鹿にする社員に
ホステスは心底、悔しそうに地団駄を踏み出す
両方、馬鹿だろ
社長は背広の内ポケットを弄り、ソフトパックの煙草を取り出す
滅多に吸わないが時時、吸いたくなるのが本音だ
今現在進行形中の、頭の痛い状況に遭遇すると尚更だ
それこそ掃いて捨てる程いる、ホステスの一人や二人
執着する方が面倒だ
堕ちるなら、勝手に堕ちればいい
当然のように組が背後にいる闇金融業者に借りるくらいなら
真っ当な金貸し屋である社長に、お願いしたい
店長が自分に頭を下げた理由だ
結果、ホステスの借金を買わされる羽目になった
幼馴染は昔からそうだ
面倒臭い女ばかり選んで、自分に丸投げしてくる
第一、真っ当なってなんだ?
あいつには俺が真っ当に見えるのか?
じゃあなんで
表街の連中は俺等の事、八九三と呼ぶんだ?
一人物思いに耽り、煙草を咥えたはいいが
ローテーブルの何処にも灰皿がない事に気付いた社長を余所に
二人の言い争いは止まる所を知らない
突然、社員がホステスの足元を勢い良く指差す
「床!床、踏み鳴らすんじゃねえよ!」
「下から苦情が来んぞ!」
「来ないです~!」
「家は裏街でも真面な場所なの~、苦情なんか来ないです~!」
「いや、意味分かんねえし!」
「お前が一番、真面じゃねえよ!」
「んもう!大っ嫌い!」
「兎に角!風俗行く覚悟決めろや!」
「絶対に!行かな~い!」
やっぱ、真っ当じゃねえな
社長は咥えていた煙草を仕方なく仕舞い、煙の代わりに溜息を吐き出した