八九三の女
[花火]
アトラクションの
長い待ち時間ですら小鳥遊君にとっては夢見心地だ
夢の国での時間はあっという間に過ぎていく
時間の流れは一定じゃない相対性理論を実感した、一日だ
思う存分、遊園地を満喫した四人に残されたイベントは
閉園間際に打ち上げられる花火だけ
花火を一大イベントと位置付け、大興奮の月見里君は
有ろう事か、叔母と二人きりにして欲しい、と少女にお願いする
「分かった」
月見里君の突然のお願いにも驚いたが
即答する少女にも小鳥遊君は身を引く程、驚く
月見里君が叔母と二人きりになりたいという事は
小鳥遊君と少女も二人きりになるという事だ
いいのか?!
いいのか、部田?!
思春期真っ只中の小鳥遊君が期待するような展開を
生憎、少女は思い至っていない
唯単純に、今回の遊園地デートは月見里君の企画だ
と、叔母から聞いている
小鳥遊君と自分を誘ったのも彼で、彼の優しさだろう
お陰で自分は楽しい一日だった、小鳥遊君もそうだと思う
最後の最後にご褒美があっても罰は当たらないだろう
月見里君は満面の笑みで
少女の両手を掴むとブンブン、腕を振りながらお礼を言う
軈て、四人分のホットココアが収まるカップホルダーを抱え
戻って来る叔母の姿に「ご馳走様っすー」と、助力する為、駆け寄る
月見里君の後ろ姿に小鳥遊君はそっと、声援を送る
「ポジティブ万歳」
冬の空は冷たく澄んでいるのか
打ち上げる花火は夏の、それより綺麗なのかも知れない
夜空に花が咲く度
闇を仰ぐ、少女の姿が色鮮やかに浮かび上がる
横顔を小鳥遊君は夢中で眺める
花火は花火で綺麗なんだろうが今は、少女を見ていたい
目を離したら最後、何処かに行ってしまう、そんな儚さが辛い
手に入れられたらきっと、不安で仕方なくなる
「花火」
「え?」
「綺麗だよ」
少女を見つめる、小鳥遊君の目線に気が付いた
慌てる小鳥遊君は「ああ」と、返してから夜空を見上げる
少女は小鳥遊君が自分に対して好奇心ではない
興味を持っていると漸く、気が付いた
会話が増え、一緒に過ごす時間が増え
小鳥遊君の眼差しに気が付いた
目は口ほどに物を言う、とは本当だ
社長はどうなんだろう
あの人の目は何故か切なくて自分は苦しくなる
あの人も自覚しているのか、あまり目を合わせようとしない
時折、その目が欲しくなる
自分を見て欲しくなる
切ないのに苦しいのに
見て欲しくて堪らなくなる
でも、社長はどうなんだろう
どんな感情で自分を見るのだろう
不意に浮かぶ「ユキ」と、いう名前
あれは自分なのか
あれは自分ではないのか
丸で花火のように瞬いて自分の関心を捉えるのに
一瞬で消えてしまう、光
それでも、いつまでも残像が忘れさせてくれない
あの人が見ているという
あの人が見ていたという、確かな残像
終わりが近いのか
連発で上がる色取り取りの花火を見上げたまま、少女が呟く
「どうしてあの人は」
声に出したつもりはなかった
出した、としても周りの喧騒にかき消される程の小声だった
だが、小鳥遊君の耳には届いたようだ
「あの人って」
思わず、勢いで聞き返したが
逆に小鳥遊君の声は少女には届かなかったようだ
意図的に誤魔化した様子でもない
少女に向けた顔を夜空に向ける
薄っすら散らばる花火の残像を眺めながら小さく、息を吐く
答えられた所で内容如何では返事に困るかも知れない
隣に佇む、少女は嘘を吐く事が出来ないようだから
と、未だ夜空を仰いだままの少女を盗み見る
そして小鳥遊君は
理由は分からないが「あの人」は男なのだと確信した