八九三の女
[既読スルー]
レンタルした乗用車の車内で、小鳥遊君は事の次第を聞く
月見里君の恋は盲目
叔母との出会いに浮かれて連絡先交換をすっかり忘れた
月見里君は姪である少女の連絡先をいとも簡単に入手する
「部田のメッセージID、教えてー」
「分かった」
人馴れしていない少女が深考を怠ったのは否めないが
兎にも角にも少女を通じて、叔母の詳しい情報を得ようとする
叔母の連絡先を聞き出すのは容易いが
敢えて、遠回りするのは「恋に恋する過程を楽しみたい」
と、いう月見里君の乙女的思考に他ならない
だが放課後、頻繁にくるメッセージの通知に少女が音を上げる
相手をすれば家事が滞るし
相手をしなければ通知音が鳴り止まないし
仕方なく叔母に相談した結果
月見里君の意に反し、早早に叔母の連絡先を手に入れた
「クリスマスデートしたいですー」
「クリスマスは稼ぎ時だから無理なの~」
「その前ならいいよ~」
「暇っすー」
「てか、稼ぎ時ってなんすかー?」
「あたし、ホステスなんだ~」
「マジか?!」
「あん、嫌いになっちゃった~?」
「最高っす!」
「滅茶苦茶、好きっす!」
そうして実現したのが今回の遊園地デートである
迷う事なく助手席に座る月見里君は
運転する叔母を甲斐甲斐しくサポートしては褒められていた
後部座席に乗り込んだ小鳥遊君は
同じく、後部座席に座る少女の隣を喜んだのも束の間
二人が連絡先を交換していた事実に衝撃を受ける
「俺、知らないのに」
小鳥遊君の呟きに気付いた少女が携帯電話を取り出し
予め、先に断る
「既読スルーするけど」
「滅茶した!」
「俺、滅茶された!」
後部座席を振り返り、唐突に話しに割り込んでくる
月見里君の自業自得メッセージ等、どうでもいい
勿論、既読スルーでも構わない
「全然いい」
陰キャが駄目な訳じゃない
陽キャになれなくてもポジティブに生きていけばいいのだ
「ね、始めになに乗る~?」
叔母の一言で車内は遊園地の話題一色になる
月見里君のジェットコースター推しに
対抗するように小鳥遊君はゴーカートを推す
叔母のメリーゴーランド推しに月見里票が動いたり
お化け屋敷を推した少女に三人は揃って言葉を失うし
叔母は遊園地デートして良かった、と思う
自分同様、姪には友達がいないと決め付けていた
学校での出来事は話さないし、話すような出来事もない
変わらない毎日を送るだけだ
裏街で生まれて裏街で死んでいく
抗う姉は裏街を飛び出し、表街へ幸せを求めた
なのに、戻ってきた
姉の子どもが裏街に戻ってきた
親もなく
友もなく
唯唯、死ぬ為だけに戻ってきた
そんなのは嫌だ
そんなのは認めない
借金塗れの自分だが
姪を担保に取られる自分だが
その幸せを願ってない訳じゃない
表街で生きていけるなら、表街で生きていくべきなんだ
「お、お城だー」
月見里君が歓声を上げ、前方を指差す
遊園地の象徴であるメルヘン調の城が視界に飛び込んで来る
「今日はね、閉園までいるよ~」
「その為のレンタカーだからね~」
言いながら
ハンドルを撫でる叔母の言葉に月見里君が燥ぐ
「花火、楽しみー」
そうだ、楽しもう
今日はなにもかも考えず楽しむんだ
叔母はそう心の中で言うと
遊園地の案内看板の指示通り、左折する為ハンドルを切った
金貸し屋は年中無休だ
金を借りたい人間にとって休日は無意味だ
金を借りた人間にとっても同じ事だ
昼休憩、歓楽街の立ち食い蕎麦屋の前
鰹節香る、香ばしい出汁の匂いに足を止めた社長の携帯電話に
珍しくメッセージの通知が入る
仕事関係は殆ど、電話だ
覗き込んだ液晶画面に流れる、文字
「チョコにします:千」
今日は叔母(←金を借りた人間)運転の同伴で
学校の友達と遊園地に行くので帰宅は遅くなります
と、言って出掛けたがこれは、なんの報告だ
思いながらも、その口元が僅かに綻ぶ
抑、叔母が運転免許証を取得していた事にも驚いた
発行元は潜りなんじゃないのか?
等と、考えて強ち間違ってないかもと少し心配になる
徐に携帯電話の液晶画面に目を落とす
が、なんて返信すればいいのか結局、思い付かず
社長の選択は既読スルーだった