八九三の女
[匂い]
結局、叔母も酒が好きというだけで
蟒蛇という訳ではないので早早に酔っ払い、就寝する
いつものように枕と毛布を抱えて
社長がカウチソファで寝る準備をしようとした途端
「あたし~、ここがい~い!」
と、ドでかいテディベアと共に雪崩れ込む叔母に占拠された
少女から借りたパジャマに着替え
カウチソファの上でごろごろ寝返る彼女を見下ろす
別にそれならそれで構わないが
姪と二人で寝るには少少、狭いんじゃないのか
まあ、テディ君にどいてもらえば余裕だが
の前に、自分の枕に鎮座するテディベアを避けて拾うと
気怠い足取りで寝室に行く
少女の枕を手に居間に戻ろうとするとパジャマ姿の少女が入ってくる
寝室は居間から差し込む電灯の明かりのみで薄暗い
「枕」
簡素に言う社長から
差し出された枕を受け取ろうと少女は手を伸ばす
社長は
社長はあの一夜だけ一緒に寝たと思っているのだろう
それ以前もそれ以後も添い寝をしているとは思っていないだろう
少女の少しの懸念とは裏腹に社長は序でのように言葉を続ける
「朝まで、叔母さんと寝ろ」
伸ばした手を止めた
少女の顔は電灯の明かりを背にしている為、見えない
差し出す枕を受け取るまで社長も上げた腕を止めたままだ
軈て、枕の端っこを掴むとその胸元に抱える
俯いたまま、なにも発する事なく少女は寝室を出て行く
後ろ手で閉める、格子柄扉の引き戸
戸と戸がかち合った瞬間、寝室は暗闇に包まれる
気付いたのは髪の匂いだ
酔っ払って寝た時に覚えた髪の匂いが
毎朝、色褪せずに残っている
毎朝毎朝、だ
疚しい事をするつもりはないが
疚しい事をしそうな自分がいるのも確かだ
最近じゃあ、寝た振りするのも疲れる
そうして、久し振りに広い
ダブルサイズのベッドに大の字で倒れ込むも眠れない
何度も何度も、何度も寝返りを打ちながら
今夜も今夜で寝不足になりそうだ、と社長は長い溜息を吐いた