八九三の女
[姉妹]
中学校の正門を潜ると
制服の採寸、申し込み会場である体育館への道を
水先案内人のように教師達が誘導していた
少女が通学予定の中学校は叔母の母校だ
大した思い出もない学校生活だったが
少なからず、叔母の胸に込み上げてくる思い出があるらしく
道すがら記憶の断片を拾うように目線を巡らせる
叔母は卒業と同時にホステスとして働いている
裏街では至極、当然の事だ
寧ろ、ホステスなら上上だ
時折、少女と目が合うと
「うふふ」と、含み笑う叔母の姿に少女も自然と口元が綻ぶ
二人、時間を掛けて会場である体育館に着いた頃には
生徒達も保護者達も捌けていて、採寸作業は支障なく進む
制服販売業者の年配の女性社員が用紙に記入しながら
付き添いの叔母に話し掛ける
「今、身長百六十糎ですよね?」
「どうしましょう?少し大き目にして置きますか?それとも」
「大き目でお願いします」
そうして少し離れた場所で
試着し終えた制服等を若年の女性社員に渡している少女に
聞かれないように年配の女性社員に顔を寄せる
「あの子の母親、百七十近くあったんで」
「あ、それなら大き目にしましょう」
適当に受け答えながらも少女と目の前の叔母を見比べる
年配の女性社員に、にかっと笑う
「あたしは、チビの母親似なの」
「姉は父親似ですご~く背が高かったの」
納得したのか
将又、客の要望を優先したのか
にっこり返す年配の女性社員は再び、申込書に目を落とす
「体操着、ジャージー等も大き目で注文しますか?」
「は~い」
次の小間は通学靴の採寸で、注文はこれで最後だ
若年の女性社員に誘導されるも叔母を振り返る少女に
「大丈夫、行って行って」と、右手を振って応えた
遠く、少女の背中を見つめる
どんどん姉に似てくる
どんどん姉に近付いてくる
姉に比べれば自分はマシだ
姉は学校に通う事なく、娼館で働く毎日
母親と同じ道だ
父親なんか知らない
父親なんか分からない
もしかしたら自分と姉は種違いだとも思う
あまり似た所がなかったから
そんな姉が手と手を取り合って
愛し、愛された相手と裏街を出て行くのは仕方ない事だ
自分を残して裏街を出て行くのは仕方ない事なんだ
幸せを望んでも怨んだ事なんか、ない
不意に叔母は唇を噛み締める
姉は裏街を出て行ったが
姉の失敗は同じ裏街出身の相手と添い遂げた事だ
お陰で表街で生まれた千は裏街に逆戻りだ