八九三の女
[叔母]
控え目な化粧、控え目な服装
胸元に掛かる緩やかな黒橡色の髪は柔らかく
編み込まれている
TPOを弁えた格好で現れた叔母はそれでも変わらず可愛かった
玄関先で出迎えた少女を見るなり
満面の笑みでしがみ付くように抱き付く
華奢な姪の身体が一瞬、ふら付く
「千~、会いたかった~」
「うん」
少女にしては、はっきりと聞き取れる返事をする
叔母とメッセージで遣り取りする毎日は
一緒に暮らしていた毎日より、会話があるから不思議だ
元元、自分は無口な方で
話す事もない考え付かない、面白くない奴だと自覚している
引き換え、叔母はお喋り好きで
好奇心旺盛なので大人しく話しを聞いている方が楽しい
それでも文章を打つ自分は、饒舌だった
通学時間が伸びた為、早目に家を出ている事
朝、夕と柴犬を散歩するお婆さんと顔見知りになった事
なのに柴犬が警戒を解いてくれない事
でもお婆さんは優しくて、いつも飴玉をくれる事
そして
社長が痩せの大食いで好き嫌いがない事
叔母も自分もそうだが社長も洋食よりも和食が好きな事
寝室のベッドを自分に譲って本人はカウチソファで寝ている事
そして
やっぱり叔母さんが恋しい事
それは話せない事
叔母が、自分を我武者羅に抱き締めるように
自分も、叔母を我武者羅に抱き締めたかったが
服や髪が崩れるのが気に掛かる
折角、綺麗に決めて来てくれたのに
と、躊躇する少女を余所に叔母が身体を左右に揺らし始める
「ぎゅっとして、して~!」
甘えた声でおねだりする叔母に
姪は頷いて、その小柄な身体をぎゅ~っと抱き締めた
暫くして廊下奥の居間の扉が開く
社長と、二人の送迎を頼まれた社員が姿を見せる
覇気がないせいか
幽鬼の如く、近付いてくる社長に叔母は身構えた
お金は返してるもん
なにも怖がる必要ないもん
てか、怖がってないし~!
叔母の手が少女の身体を自分の背後へと押し遣る
一瞬、社長は目を細めた
そんな叔母の目の前に封筒を差し出す
諸諸、支払いに必要な金だ
「なにコレ?」
「多くない~?」
厚みのある封筒を受け取る、叔母が言う
「なら、飯でも食って来い」
「それでもきっと多いよ~」
「なら、なんか欲しいモンでも買って来い」
「それでも」と、会話を続けようとする叔母に
「お仕舞い」と、社長が吐き捨てる
そうして傍らにいる社員に「頼んだ」と、声を掛け引き返して行く
叔母は叔母で、少女と顔を見合わせた後
開けたままの居間の扉の取っ手に手を掛ける、社長の背中に
「ちゃんと返すから~」と、言うが応答もなく扉が閉まる
仕方なく、手提げ鞄に封筒を仕舞う叔母に社員が口添える
「有難く貰っとけよ」
「多分、社長もそのつもりだよ」
「でも~」
続かず、言い淀む
本音を言えば貰えるモノなら貰いたい
闇金業者と比べれば真っ当だがそれでも裏街の金貸し屋だ
おまけに相談に乗ってくれている
先輩社員が止めるのも聞かず、無理な返済計画を立てた為
今現在、自分一人の生活すら厳しいのが現実だ
そして、認めたくないが
社長に少女の面倒を見てもらって助かっているのも事実だ
叔母は癖なのか、下唇を指で摘まむも
自分の顔をまじまじと見つめる、社員の視線に気が付いた
「なによ~?」
社員との身長差の為
必然的に上目遣いで噛み付く叔母に彼は素直に答える
「別に、似合ってんなあと思ってよ」
目の前の彼女はどこからどう見ても夜の蝶には見えない
上手く化けたもんだ、と感心半分で叔母を褒めた
「んじゃあ、行くか」
玄関扉を全開に、大股で出て行く社員
その後を付いて行く少女が、さり気なく背後の叔母を盗み見る
叔母は控え目に唇を尖らせていたが
軈て、満更でもない様子で微笑んでいた