Cuttysark 『精霊』前/直後。
「…この時期まで耐えてきた実績があるならばそろそろそういう者が出てもおかしくないだろう。あと何人残っているんだ?」
「私が知る範囲ではあと4名です。ただ、このメンバー以外にもこの魔法に引っかかった者がいる可能性はあります。さらに人を使っていた場合そちらは分かりませんね。さすがに名前が聞こえた者は残っていますよ」
「今日の者もか?」
「残りの誰でもそうでしょう。遠めに華奢に見えたから誰かは大体分かりますが、確証はないです」
(華奢…)
本当に自分のことを言っているのなら少しショックだ。
確かに少し大柄な女性モノの服ならば普通に着れたが、警備隊に所属しているために通常他隊員と同程度は訓練もしている。戦闘を主とする第一部隊隊員には劣るが、事務仕事を中心とする一部隊員よりは体格は良いつもりなのだ。
…とりあえず自分が『名前が聞こえた者』ということは無いだろうから多分今会話に出ている人物とは別人だと自らに言い聞かせる。
「崖から落ちた可能性もある。これから探すのは危険だろう」
「では、残りの者には少し魔法を強めますか」
「…この香の匂いを嗅がせるといい。ただ通常の催眠系魔法なら何でもかかりやすくなる。部屋に焚くか、匂い袋として持つかは自由でかまわないが、焚くと効果は高い分、大量に必要になる。量と時間を考えるんだな」
「…私自身は大丈夫でしょうね?」
「アレを持っていれば大丈夫だと言っただろ?」
「団長に呪いの発生源を植え付けましたけど、傍に仕える身としては他のものより長く発生源の傍にいるために不安にもなるんですよ」
(…!)
『団長』とは司令のことだろう。
そういえば『団長』と部下から呼ばれているのを聞いたことがある気がする。
思ったとおり、今回の魔法に司令はかかわっている。
もしくはあやつられているか。
「まぁ強力な催眠魔法の元だからな。お前の魔力が中途半端に強ければ魔法にかかることもあるだろう。現状『歌』が聞こえなければ大丈夫だ」
「『歌』も以前一度聞きましたがもう思い出せませんね」
「……ならば問題ない」
今でもカティサークには耳鳴りのように響く歌が聞こえないとは幸せなことだ、と頭の隅で思う。
「では、明日早速使用してみますよ」
「こちらの始末する準備は整っている。本国からの応援はまだ幾日かかかるとのことだから、それまでは内部の混乱をせいぜい増長させておけ」
「内乱が収まったってのは本当だったんですかね?」
「…余計なことはいい。せいぜい情報量の多い奴を送れよ?」
「了解しました」
(……)
集中力の持続しない頭でも、進展しなかった最近の調査を一気に推し進めるものであることがわかった。
とりあえず報告書には適当なことを書いて、後は自らの所属する警備隊上層部へと情報を伝えようと考えをまとめる。
そうやって息を潜めていると、集まった者達は散会していった。
こちらを探しもしなかったのは以外だが、もう大丈夫だろうとカティサークも見定めて去った。そのいくらかたったところで巡回がやってきた。…のをカティサークは翌日の報告で知った。
結局同室の第一部隊隊長が迎えに来てくれて戻ることができた。
駐屯地近くまで帰ってきたは良いが、やはり監視は厳しくて暫く考えていたところに夜明けの気配がしはじめた。焦っていたところに何気ないように迎えに来てくれて、このあたりの気の回し方は見習いたいと心に刻む。
この第一部隊隊長はカティサークを第四部隊隊長にと特に推してくれた一人で、前第四部隊隊長と仲がよかった。前第四部隊隊長の後輩だったらしい。カティサークも平隊員だった時分も前第四部隊隊長に可愛がられていたのもあって、平隊員と隊長ながら面識は幾度もあった。当時幾度か剣の修練の為に第一部隊の訓練に参加もした。
その後短時間の仮眠を取っただけで平常な振りをして仕事に就いた。
報告書は書いていない。第一部隊隊長にだけ自分が見聞きしたものを伝えるにとどめた。
何より睡眠を優先させたかった為と、思考がしっかりしている時に分別をつけて報告書を作成したいと考えていたからだ。
あとは後方に下がった第四部隊へも連絡を送りたい。隊長という立場があれば部下に連絡を取り指示を出そうというのは普通だから、幾つかある連絡の中に今回の件を紛れ込ませて後方でも動いてもらう。すでにあちらはあちらで動いているだろうからその情報もほしい。
『数日で』増員されるかも知れない相手に対策をとらないといけないし、この情報自体が何かの罠かもしれない。
もしくは残っている『4人』のうちの一人として何か仕掛けられるかもしれないから体力と精神力を出来うる限り蓄えておきたいというのもある。
…と考えることで心労が溜まるとは思いついてはいないのだが、他人に任せるわけにも行かない問題なので仕方が無い。
「…カティちゃん大丈夫?」
気付くとレイラがそばで茶を両手に立っていた。
「ああ…」
と答えて周囲を見回す。
他隊がいるところで「ちゃん」はまずいだろうと思って。
一応隊長階級であることを表すようなものは無いので知らない者には平隊員に見えるだろうが、それでもこのような場であまり馴れ馴れしいのはどうなのか。
そんな視線でレイラを見ると、「わかってるわよ」と笑った。
「今休憩なの?私は仕事中だけどミーティングだから抜けてきちゃった」
「……ミーティングは大切だろ」
とはいえレイラの所属する隊にも他から魔法使用者が配備されているから役割的には問題ないのかもしれないが……
「退屈だしぃ…まぁカティちゃん見てたら私の仕事なんて楽だって思うことにしたわ」
と片手の茶を差し出された。
もしかして自分を見かけて声を掛けるために来てくれたのか、と思うと叱責の言葉も無くなった。
「カティちゃんは働きすぎるから、時には息抜きしないとダメよ?できないならとりあえず疲れてるって言っておかなきゃ。」
「そうだな」
答えながらも思わず笑ってしまう。
そんなことを言うのはレイラ位だ。
そもそもここにいる者達は皆、疲れていないものなどいないだろう。
確かにいざというときの為に体力を温存はしていて、自分のようにこんな段階で疲弊している者は少ないだろう。体調管理がなっていないとしか言いようがない。
「ガイだったら絶対に聞いてくれるから、ね?」
「……ははは」
ガイボルグはカティサークに対して他の者に接するより甘い。
カティサーク自身ソレは感じていたから、そんなことを言った時には心配したさまを隠さずに接してくることは明らかだ。周囲に対して居心地も悪くなるし、既に昨日のようなことさえあったのに、仕事がしづらいどころかできなくなる可能性さえある。
レイラは全て分かった上で休めと言っているのだろうが、ソレはカティサークの性格としてできない。
下手をすれば開戦が近いかもしれない現状では特に、だ。
「……あ、いたいた!カティサークさん」
レイラとの会話さえも心許せないと内心溜息をついたところに名前を呼ばれた。
第一部隊の者で、何を思ったのか「まずかったかな?」と二人を見て表情に表したが、
「何?」
作品名:Cuttysark 『精霊』前/直後。 作家名:吉 朋