Cuttysark 『精霊』前/直後。
今のやり取りでカティサークが何かを感じたことを悟られたかもしれないと背中に冷たい汗を浮かび上がらせつつレポートを返す。
一歩二歩と下がって改めて司令をみると明らかに瞳に不可思議な紋章を浮かび上がらせていた。
今度は気づかない振りで言葉を待つ。
「失踪者は深夜とのことだから、深夜見張りを頼むよ」
何を思ったかは知らないが、とりあえずのこれからのことだけ伝えられて退室した。
先ほどの一瞬のミス以外は平常にやり過ごせたと思うが……
服の内側に下げていた魔力遮断のペンダントを、いつの間にか服の上からぎゅっと握って自分の町の部隊駐屯地に戻る。
一応を報告しようと第一部隊に行ったが、総隊長は去った後だった。
見回すと人数が少し減っている。
「カティサーク君。ガイボルグ部隊が巡回時間だったから君の変わりにレイラ君を同行させて出発してもらったよ」
「そうですか」
その二人がいないことはちょっと安心することだった。
レイラは何かと察しがいいし、ガイボルグは普段は鈍いところもあるのにカティサークの機微に関しては妙に敏い時がある。
「すみません、少しお話が。耳をお貸しいただけますか」
「何だ?」
姿さえも見られると危ないと思い、近くの仮設住居に入り第一部隊隊長の耳に必要最低限を伝えた。
「……カティサーク君、君の部下を貸してくれるかい?」
「急いだほうがいいですが、明日にしましょう。危ぶまれます」
明日になれば第四部隊は7名を残し後退する。
後退しても食料や住居が必要であることを考えれば、一部は町へ返してしまうつもりだからその中から何人かに役目を負ってもらうつもりだった。
司令からは深夜の見張りを強化するように言われたが、初日は明日発つ第四部隊メンバーに対する準備とキルスタンと一部メンバーへの指示、エタニティ・フォレストの隊長との打ち合わせで時間がすぎてしまった。
翌日5名もの失踪者が発生したことを聞いて驚いた。
正確には再編後の移動を開始した後で3人伝わってきて、確認の為に報告書提出がてら司令の元へ行った際に1人追加された。残りの一人は「実は…」と翌日に知らされたのだ。
どうやら『調査隊』メンバー以外もいたらしい。
「きっとこちらの人員を操り情報を得た後殺害しているのです。これ以上情報が漏れる前にこちらから撃って出ましょう」
そんな声も大きくなってきた。
森の中に突入だなんて無謀なことを言うとも思うが、実のところ各町横の繋がりが殆ど無い。どの町がどの程度状況を把握しているのかはっきり分からない。
エバーリーフとシューロックの話など、仲が悪いとはいえども町同士の話題が上がるだけまだいいのかもしれない。
エタニティ・フォレストに関しては、カティサークの部下達が表で裏で他の町との繋がりを作っていたお陰で孤立することが無いのは救いだ。
後退したとは言え今後もその活動は続く。
「カティ、第四部隊隊長としての仕事と第一部隊隊員としての仕事が今日だけでたくさんあったんだ。今日はコッチの仕事休んでいいぞ?」
編成しなおされたガイボルグ隊が巡回に出発しようかという時、心配そうにガイボルグがカティサークに声をかけてきた。
前回は第一小隊は5つに分けられていたが今回は3つに分けなおされていた。
実は若いながらもガイボルグは第一部隊隊長に一目置かれる存在で、副隊長に次いで第一部隊では権力を持っていた。ただし権力については固執しない性質の為に『ちょっと目立つ隊員』くらいにしか外部からは見られない。
実はこの立場もあるから第四部隊に移るともいえなかった過去の話もある。
第四部隊に移るのならば隊長、せめて副隊長となって移るくらいでなければバランスが悪い。
が、いかんせん「ガイボルグに人の補佐ってのは無理でしょう」という一致した周囲の認識もあった。
カティサークの補佐役ならばと心中ガイボルグは思ったらしいが、それでも自分も冷静に冷静に考えて「やっぱり補佐は無理かな」と諦めた。
カティサークを守りたいとは思うが、補佐は無理だ。
それでは副隊長は無理。
結局レイラが副隊長で(第三部隊に正式に副隊長は存在しないので実質的な存在というだけなのだが)良かったと思っている。
ほかにキルスタン以下数名も副隊長職を狙っている(一部隊長職そのものを狙っているらしいが)そうで、やはりガイボルグの出番は無い。
「…いや、大丈夫」
そんなに疲れた顔をしているかな、と気を引き締めなおすが
「俺たちもいるからいざというときのために休んでください」
同ガイボルグ隊に配属された第三部隊隊員が力強く笑う。
今回はこの人物以外に、カティサークやこの人物よりは力は劣るが魔法が一応使える第一部隊隊員が二名ほどいた。
「…では、明日からがんばるのでお願いしてしまっていいですか?」
「了解です」
その後ガイボルグ隊が戻ってくるまで仮眠室で眠り続けてしまった。
「ごめん、本当に。ゆっくり寝かせてもらってしまって」
報告書を書くガイボルグの傍らに座って、周囲にいる数人の隊員へも含めて謝って回る。
「…その割には顔色良くないようですが?」
言われて「それが…」と眉をしかめる。
「ぐっすり休めたのはいいのだけど、起きてから耳鳴りのみたいに声のような歌のようなものが聞こえることが有って…」
「『歌』…」
『女声の歌』の話しは大分広まっていた。
ちなみに。
失踪者が『調査隊』メンバーである事は知られてはいないはずだ。カティサーク自身はメンバーなので知らされていたが…暗黙の了解という可能性はあるが、公にはされていない。
「……カティ、夜は絶対に一人になるなよ」
内心ため息をつき憤りを感じつつ、感情を乗せないように静かな声でガイボルグが報告書から顔を上げる。
それでも消せていない凄みに苦笑しつつカティサークはうなづくだけだった。ガイボルグには相当今までも心配を掛けていると思ってはいる。
ガイボルグはどうしてカティサークばかりひどい目にあうのかと、怒りたくもなった。通常の人生を送れば生死の境をさまようようなことはそう体験しないと思うのだが、カティサークはガイボルグが知っているだけで幾度も。しかも殺されかけて。カティサークが無謀だとか、能力が伴っていないとかは思わない。本人は「そういう星のめぐりなのかなぁ」と以前言っていたが…。
事件はガイボルグが思っているよりもカティサークのそばに存在している。
さすがにそれは言えなかった。
そもそも今夜は、今夜も失踪者が出るだろうと予想して見張るつもりだったから「一人になるな」には答えられないことが初めからわかっていた。
夜も見張りの者はそれなりにいて、失踪者が連続で発生するようになって見張りの人数も増えた。外部の巡回だって行なわれている。それでも連日失踪者は発生し続けるがそれはカティサークも聞こえる『歌』と関係していると安易に考えてみることにした。
魔力を遮断する石(ペンダントヘッド)の力が素肌に触れているときしか発動しないという仕組みを利用してちょっとした細工を施してそれを試すつもりだ。
作品名:Cuttysark 『精霊』前/直後。 作家名:吉 朋