Cuttysark 『精霊』前/直後。
調査隊の仕事内容からして当然だろうと思うが、失踪者がいるのは聞いていたがソレが調査隊メンバーだと思うと気持ちが悪かった。
翌日にまた失踪者が出たと聞いたときは「まさか」とは思ったが考えは当たっていた。
内部調査が何所まで進んでいるかは知らないがカティサークは得た情報を伝えるだけに専念する。いや、しようとした。
実のところ誰が、何が怪しいか調べても情報は入ってこない。
伝えたところでありふれたものばかりで、結局いつの間にか色々考えてしまうのだ。
そして、最初の失踪者が遺体で見つかったと聞いた日の夜、ハースが暗い顔でカティサークの元にやってきた。
「どうかした?」
久々の夜勤無しで早々に休もうと思ったのだが、ハースの気配に深刻なものを感じる。
「あの……ごめんなさい……」
オドオドと、カティサークと目をあわせようとしない。
「何?何も悪いことはないけど…」
落ち着かないハースに、近くに座るように示して自分は茶を入れようと席を立つ。つい先ほどまで飲んでいた分がポットに残っているからソレを注ぐだけだ。
安眠を考えて気持ちを落ち着ける香りのするハーブティだった。
カティサークが準備したものではなくて、こういった物が好きな隊員が準備したモノで結構重宝している。
こういうちょっとしたところが女性のいる職場だとつくづく思う。
「はい」
ハースにカップを渡すと、そのときになって初めてハースが上着のポケットにカードを入れているのに気づいた。
片手でそれをしきりに気にしている。
そのカードは占いに使うカード一式のようだった。
ハースの持つ予知の魔術を行使する際に使用する道具のうちの一種だ。
「あ、ありがとう…ございます…」
受け取る時に視線を上げて、カティサークがカードに気づいたことに気づいて慌てて手を離す。
両手でカップを引き寄せて香りを吸い込む。
少し顔のひきつり気味だった筋肉も緩んだようだった。
「何かあったんなら遠慮なく言って良いよ。もし言いにくかったら手紙にしてくれても…」
元の位置に座りながらハースに声をかける。
『手紙』にハースがハッと顔を上げた。
「手紙は、だめです。口にするよりもっとダメです」
「わかった」
ハースがこんな風に話をしようとするときは必ず何かある。
ハースの緊張が移った様に、顔には出さないようにしながらカティサークも自分の分のお茶を口に含んだ。
「ごめんなさい。勝手にカティさんのこと占ったんです」
急がなければいけないとでも感じているように、思ったよりも早くハースは口を開いて話し始めた。
「俺のこと心配してくれたんだろ?ありがとう」
緊張を緩めてもらおうとニッコリ笑うと、ハースは首を横に振った。
「魔力の宿る占いは滅多に行使してはいけないと言われていたのに…」
それは或る意味その結果に対して因果が動きやすいかららしい。
カティサークは以前書物上の知識として読んだことはあるが自ら使用することはできない魔法だ。
「まず…」
と、真っ直ぐカティサークの目を見る。
「『魔法の力を過信しないで、でも信じてください。』」
「それはハースの言葉?」
「…占いの結果です」
「…肝に銘じておく」
丁度今回の事件のことを示しているようで怖い。
「あと、もう一つ…これが何か分からなかったのですけど……」
再びカードに触れる。
「?」
視線で促す。
「カティさんは近いうちに遠くに行き、長い時間を、とても長い時間をそこで過ごすことになるようです。それは本当に遠くて、でも近くて。……そしてこの長い時間というのが長すぎて……」
視線が泳ぐ。
カティサーク自身はどこかへ行こうとは思っていない。
ということは、連れ去られるということか、もしくは……
「俺は戻ってこれるか?」
「…ごめんなさい、それは時間が長すぎて見えませんでした」
「そうか……」
もしかして死出の旅立ちって奴ではないかとボンヤリ考え始める。
「いえ、でも僕が言いたいのは…!」
カティサークの考えを打ち消すように、珍しくハースが声を上げる。
「カティさんが亡くなるような感じではないんです。生きて長いことそこで過ごす…数十年、数百年……わけが分からない…」
「……生きて、数百年?」
それは確かにわけが分からない。
普通の人間だから、平均寿命を考えて後50年も生きれば大分良いと思う程度だが、あと三桁…しかも相当長いらしい時間を生きられるとはとても思えない。
「ごめんなさい…!忙しいだろうし、疲れているだろうにこんなくだらない話!」
少し冷め始めはしたがまだ熱いだろうお茶を一気に飲んでしまう。
「いや、良いって。全然くだらなくない。きっと裏に真の意味が潜んでいるんじゃないか?」
「そうでしょうか…?」
「そうだと思うよ」
『そうとしか考えられない』が真実なのだが。
その日もカティサークは眉をひそめた。
「歌には気をつけろ」
そんな話を聞かされたからだ。
前日にも一人失踪者が出たのだが、その者が消える前に言っていたという。
「ここ数日女の歌声が頭の中を巡って離れない」
他の者には聞こえない歌声。
それによる不眠を訴えていたともいう。
カティサークの部下には女性も多いから『歌わないように』という命令も下された。不意に口をついてしまうものだと文句を言う隊員もいたが、そこは事情を説明して何とか「了解」と言わせる。
なにより、ピンと来てしまったのだ。
ガイボルグの小隊で巡回中に聞いた歌声のことではないかと。
「レイラ、準備できたらお願いしたいものがあるんだけど…」
いつ何が起こるか分からないが故に、思い立ったその場で行動に移す。
多分、相手方も森の中をこちらの国側に来ているのならば兵糧などの問題が発生しているはずだ。
森の中を、このような状況で兵糧確保の経路を確りしておくのは難しいはずだ。最近索敵中に怪しげなルートが見つかり潰したこともあると聞く。
今回相手がこちらに来て何をしようとしているのかが分からないのが問題点ではあった。
「ん〜?」
口調も反応もいつもどおりだが、さすがに気にしない。
「魔法を遮断する石ってのが前あっただろ。アレ、準備できないかな…?」
「どんな感じでどれくらい?」
「身につけるか持ち歩けるかで、できるだけ多くの者に渡せれば…」
レイラはそれを聞いてフフンと鼻で笑う。
「うちの部隊にいるコの分くらいだったら全員分じゃないけれど持ってきてるわよ」
「貸してくれないか?!」
思わずレイラの肩を掴んで揺さぶりそうになるが、レイラは思いのほかしっかり立っていて微動だにしなかった。
「もちろんよ。カティちゃんは一人でよく動くから一つ持ってもらって、残りは6個。後は数人に一つ持ってもらいましょ。ペンダントヘッド風に加工してきたから、紐通して首からかけてね。効果は副作用も強いから直接肌に触れたときだけ力が発動するようにしましょう。服の上からでは効果が発動しないから注意するように説明してね」
副作用とは『いかなる魔法も受け付けない』ということ。
治癒魔法を初めとする魔法もきかないし、そもそも自身魔法を使用できない。
作品名:Cuttysark 『精霊』前/直後。 作家名:吉 朋