小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

INDEX|7ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 





それから二週間ほどは、管理業務のノウハウを学ぶ準備や挨拶に手間を取られながらも、僕は割り当てられた仕事に奮闘し、現地の人との会話もつつがなく、忙しく過ごしていた。僕には、夕食を一緒に食べるほど仲良くなった人も居た。




そしてある夜、仕事が終わって職場の仲間に挨拶をし、タクシーでマンションまで帰ろうとした時のことだ。


シートに体を預けて力を抜いた頃から気づいていた。ゾクゾクと寒気がして、体が震えている。それから体全体が酷く重くなっていった。寒気が治まると、今度は熱くなっていった。僕の息は、まるでやかんから吹き出す燃える蒸気のように熱い。

タクシーの運転手は僕の様子がおかしいことに気づき、現地の言葉で口早に、「大丈夫かい、あんちゃん」と聞いてくれたけど、僕はやっと「心配ないです」と返す気力しかなかった。それから代金を支払ってタクシーをなんとか降りて、マンションのエントランスをくぐる。

部屋に着く時には僕はもう、「今、倒れるわけにはいかない」と考えていて、慎重にベッドまで辿り着き、まさにベッドにぼすんと倒れ込んだ。スプリングの効いたマットレスに跳ね返された僕の脳味噌の動きに従って、この世がぐるりぐるりと回り始める。


これはまずい。誰かに連絡して、なんとかしないと。僕の頭に浮かぶのは、そのくらいの簡単なことだけだった。


ポケットのスマートフォンをなんとか手探りで取り出すと、うねるように揺れる視界に邪魔されながらも、電話帳で同僚の電話番号を引いて電話を掛け、短く現状を伝える。同僚は事を理解してくれて、明日の仕事を休みにするように取り計らうと約束してくれた。

“それで、今夜は大丈夫かい?誰か世話をさせに送るから、その場で動かずにいてね。救急車は必要ないの?”

「ああ、風邪みたいだから…多分平気だと思う。ありがとう、それじゃ少しの間休むから…」

“オーケー、またあとで”

同僚の心配する声がまだ耳の底に残っていたけど、僕はもう一度電話帳に戻って、「美鈴さん」の電話番号をタップして、長いコール音を聴きながらひたすら待っていた。

僕を気遣ってくれる同僚は居るけど、家族や彼女が居る国から、ふるさとから遥か遠くの地で熱を出すのがこんなに不安だとは知らなくて、僕は怖くなった。

プルルルル…プルルルル…と、電話のコール音は鳴り続ける。やがて二十回ほどそれが繰り返されたあとで、電話が通話状態になった。僕はなんとか体をねじってベッドにごろりと横向きになり、片耳の上にスマートフォンを乗せる。

“…はい…?馨、さん…?どうしたのこんな時間に…”

彼女はなんだかものすごく眠たそうだった。まだ夜の十一時だから、普段なら勉強をしてるはずなのにな、と僕は不思議だった。でもそんなことより、自分の恐怖を早く吐き出してしまいたくて、心のまま喋り出す。

「熱が…あって…」

僕は苦しい息を継ぎながら、なんとかその先も喋った。

「こんなに苦しい熱は…久しぶりだし…君もいなくて…ここは知らない国だし…さみしいから、電話したんだ…ねえ、何か言ってよ…」

僕はその時、高熱で少し頭が混乱していたように思う。後から考えてみるとそうなる。だって僕がいる国と日本は二時間の時差があるから、計算ではこの時日本は午前一時だ。それは美鈴さんは寝ているだろうと思うし、彼女からしてみたら、「こんな時間」だった。

でも美鈴さんはすぐに僕を心配してくれて、こう言った。

“そうなの…そんなに高い熱なの?お医者にはかかった?今どこにいるの?”

「どこって…ベッド…部屋の…医者なんて…君が来た方が、きっとすぐなおるよ…」

だんだんと僕はろれつが回らなくなっていき、彼女も心配して僕に声を掛けてくれていた。でも、途中から僕は、眠くてなかなか返事ができなくなって、いよいよ頭が混乱していく。僕は半分くらい子供に返ったような気持ちで、一生懸命おねだりをしているのに、彼女がここに居てくれないことが不思議で、悲しかった。

「なんか…眠い…仲間が、世話をする人を、よこしてくれるって…言ってたけど…ほんとうに、きみがいたら…すぐなおるから…みすず…さん…ほんとだよ…」

電話の向こうはしばらく静まり返った。その静寂を待っていたように、僕の体はどろっとした重たい眠気に押し潰され、熱に浮かされる時間へと引きずり込まれていく。でも、その前にかすかに声が聴こえた。それは、高熱にうなされながら眠ろうとしている僕には、“懐かしくて優しい声だ”ということくらいしか、もう理解できなかったけど。


“だいじょーぶ。夢の中で、ポッケに入ってますよ”




そのうちにマンションに着いた仲間に揺り動かされるまで、僕は小さな彼女を追いかけて穴を転がり落ちる夢を見ていた。