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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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出国の日、僕は彼女には見送られず、家族と、それから数人の会社の役員に空港まで連れられ、羽田空港で海外便の搭乗口を過ぎた。それでも飛行機に乗る前に、彼女にSNSでメッセージを送った。

“今から飛行機に乗ります。九時間の長旅になるから、返信はそれからになるかな。着いたら景色の写真を送ろうか?”

そこにはすぐに既読マークが付いて、彼女からの返信が届く。

“景色と、一緒に馨さんも写してね。いってらっしゃい。”

“いってきます”


飛行機に乗り、エンジンがかかる轟音が機体を唸らせて僕のおなかまで響く。すると、なぜか幼い頃からの思い出が、僕の頭を巡っていった。これまでこの土地で出会ったできごとを思い返して、新しい地に降りるまでの準備をしているような気分だった。

いろいろな人が僕を見ていてくれた。母さん、それから父さん、木森さん、小学校で少しだけ仲良くなった友達。高校の時に塾で成績を争った男の子。

最後に彼女の顔が目の前を過って行こうとするのを僕は捕まえて、胸に閉じ込めようとしてみたけど、すでに昼も夜もなく仕事に責めぬかれた僕の体は、睡魔に負けて眠ろうとしてしまっていた。

僕は、大空に向かって凄まじい速さで直進していく、腕も上げられなくなりそうな圧力も構わず、夢を見ていた。僕は夢の中で、小さくなった美鈴さんをポケットに入れていた。そして、僕と一緒に渡った異国の地に胸躍らせてはしゃぐ彼女が、何度もポケットから落ちそうになる。僕はそうなるたびに優しくポケットを押さえては、「おとなしくして、落ちちゃうよ」と言っていた。




そして着陸のショックで目を覚ました僕は、夢うつつのまま飛行機を降りた。それから、現地の現場よりも日本との連絡が取りやすい、都市部にあるマンションの一室に入る。あらかたの荷物はもうここへ送ってあったので、僕は小さな荷物を下ろして家に電話をした。

「ああ、はい、今着きました。はい、うん…大丈夫だって、英語はあんなにやったんだから…わかった、じゃあまた、母さん」

家の電話はまずはじめ公原さんが出た。公原さんは、「無事にお着きのようで安心しました。お母様に代わります」と、気遣っているのかそれとも決まり文句なのか判然としない、ぶっきらぼうな口調で母さんに代わってくれた。公原さんとは反対に、母さんは僕が心配で仕方ない様子だったので、「長くなりそうだな」と思って見切りをつけ、名残惜しそうな母さんとの電話を切る。


母さんは日頃から僕を気遣ってくれるけど、どうもまだ僕のことを子供のままのように思っているところがある。出発前も、僕の荷造りを手伝ってあれこれと持って行くものを揃えてくれながら、「私が一緒についていった方が、事が早そうだわ」なんて冗談みたいに言っていた。僕は母さんが本当にそう思っているのがなんとなくわかったので、「大丈夫だよ、これで揃ったし」と言い、何気なく笑って目を逸らそうと頑張っていた。




飛行機を降りたその日は自由行動を許されていたので、彼女に写真を送るためと、それから、自分も少しだけ観光をしてみようと思って、その都市の一番の観光地に足を向けた。

海の上に浮かんでいるように見える、半月型の屋根が折り重なった観光の名物を背景に、彼女に自分の写真を送る。


“連絡遅くなってごめん。さっき着いて、マンションに荷物も降ろしたよ”

“海綺麗だね!真っ青!長旅おつかれさまでした~!”

そう言って彼女はいつものカエルのスタンプを送ってくれた。


僕が飛行機の中で見た夢のことを話して、美鈴さんが励ましの言葉をくれて、また連絡をすると言って、僕はスマートフォンをポケットにしまって振り向く。


そこには見知った人影はなく、何もかもがきらびやかな、何も知らない煉瓦の道があった。