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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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僕たちは美鈴さんのベッドに腰掛けていた。美鈴さんはベッドの上に足を上げて背中を曲げ、裸足の爪先を手で包んで、下を向いて体を揺すったりしている。僕はベッドが寄せられた壁に背中を預けて、シーツの皺を数えるわけでもなくぼんやりと目に映しながら、ずっと探していた。僕が居ない間に、彼女を支えていられるような強い言葉を。

不意に美鈴さんはこちらを向いて、「海外での仕事って、何するの?」と聞いた。僕は彼女を傷つける何かを避けるために、おずおずと口を開く。

「あ、えっと、鉄鋼業だから…鉄鉱石の掘削現場の、管理業務に就いて…経験を積む感じに、なるかな…」

僕がそう言うと、美鈴さんは意外にも興味深そうにそれを聞き、二度ほど頷いた。

「そうなんだ。じゃあ大変だね。でも、きっと大丈夫だから、頑張って」

そう言った時の美鈴さんは、さみしそうな顔ではなくて、僕が数学の問題に悩んでいた時を思い起こさせるような真剣さを持って、僕を見つめてくれていた。

「ありがとう」


そしてまた、沈黙が訪れる。彼女は背中を丸めて膝を抱えていて、僕の方を振り向きはしなかった。そして、その背中が少しずつもじもじと動いて、肩がかすかに震えるから、ワンピースの半袖が揺れている。それでも美鈴さんは何も言わなかった。

僕はどうしたらいいのかわからず、なんの言葉も持たず、彼女を傷つけるかもしれないと思いながら、自分の両腕で彼女を後ろから抱きしめた。彼女の肩は冷たく、そのうちに僕の腕の中で体が震えだして、彼女は絞り出すような声を上げて泣いていた。そして僕の腕をしっかと掴んで、もっと強く抱きしめて欲しがるように前に引く。

僕は彼女を強く抱いてから、彼女の気持ちが落ち着くように、少しずつだけど力を緩めていった。それから、彼女の頭を撫でてみたり、腕を前に回したまま肩をさすったりした。


根気強くそうしていて、少し経った後、僕の両腕にすっぽりと包まれた美鈴さんの体は力が抜けて、彼女は僕に体を預けて小さく丸まっていた。

眠ってしまったのかと思うほど美鈴さんの呼吸は緩やかになったけど、時折彼女の腕は、僕の腕を撫でては、またぱたりと布団に落ちた。

何回目かに美鈴さんが僕の手に自分の手を重ねた時、僕は手のひらを返してその手を取った。腕の中の彼女が息を呑むように身を固くする。


彼女の気持ちを和らげてあげられる言葉がない。僕の言葉は、今はなんの役にも立たないかもしれない。でも、このまま黙って彼女を置いて行ったら、僕は彼女に見放されてしまうのかもしれないと思うと、居ても立ってもいられなくなった。


「僕が居なくなって…」


美鈴さんは初めて振り向いた。泣いて赤くなった目を目尻に溜まった涙でぼやけさせて、悲しそうに僕を見つめる。僕の胸が、ずきりと確かに痛んだ。僕がこれから言おうとしていることは彼女をきっと傷つける。その時僕は、“自分は返しの付いた釣り針で彼女を繋ぎ止めるようなことを言おうとしてるんじゃないだろうか?”と思った。でも、これを言いたい。

「僕が居なくなっても、僕を忘れないでほしいんだ。さみしくても、待っていてほしい…。また帰ってきたら、今日みたいに一緒に居られるように…美鈴さん…」

僕はそう言いながら、我知らず、美鈴さんを強く抱きしめていた。彼女はそれを苦しがるように、僕の腕を解いて体を向い合せ、どこか悔しそうに、僕を下から睨む。彼女の眉は頼りなく寄せられ、引き結んだ唇はわなないて、濡れた睫毛も震えていた。そして彼女は僕から目を逸らし、一粒、また一粒と涙を零した。初めは手で拭おうとしたけど、いつまでも止まらないものだからそのままにして、苦しそうな涙声で話し出す。

「わかってる…私だって忘れてほしくないし、忘れられない…だから辛いの…!仕方ないことはわかってる、でも…離れちゃうのはやっぱり怖いよ…!」

美鈴さんは、次々に溢れる涙を拭いながらそう言い終えると、わっと僕の胸に泣き伏した。僕は彼女の背中を抱きしめてさする。美鈴さんは一生懸命に、泣いて、泣いて、僕もとうとう苦しくなって泣いてしまった。

僕が悲しみに堪えようと彼女をまた強く抱くと、僕の泣き声に気づいたのか、美鈴さんは顔を上げて驚き、「ごめんなさい、泣かないで」と僕の頭を撫でようとした。でも僕はそうしてもらうより、ただ彼女を抱きしめている感覚が、もっともっと、できるならいつでもずっと欲しくて、小さく細い体を力いっぱいに抱いた。

僕は彼女を抱きしめている時、必死に心の中で謝り続けていた。


もし君が、僕との愛を誰の前でも平然と口にできて、僕の家族からも温かく迎えられるなら。

君を日本に残していくからといって、たった一人にしてしまうわけじゃない。

僕たちの関係を秘密にしている限り、君の支えは僕しかない。

僕はそんな孤独を君に強いているのかもしれない。

ごめんね、ごめんね。


それは、どうしても口に出せなかった。