馨の結婚(第二部)(19~27)(完)
それは美鈴さんだった。美鈴さんは、僕の母さんのそばに蹲って膝をつき、そっと母さんの手を取る。母さんはその手を払いのけようとしたみたいだったけど、美鈴さんが強く握りしめたから、それはできないようだった。
僕は、二人の間に割って入るべきかどうか、一瞬だけ迷った。そのうちに、美鈴さんが小さな声で母さんに喋りかける。母さんは体と顎を引き、怖がるような表情で美鈴さんを見ていた。美鈴さんの表情は、優しかった。
「お義母さま。とお呼びするのにはまだ早いかもしれませんが…。私、馨さんにとても大きな恩があります。それを返すためにも、それから、嫌がらせを受けた私を、たった一人で助けてくれた、馨さんのような、勇気があってとても優しい人の傍で、一生を過ごして和やかに暮らすためにも、プロポーズを受けました。私は馨さんと暮らせるだけで幸せなんです。私が志望する仕事に対するお義母さまの心配は、ごもっともだと思います…。今お聞きしたお話で、馨さんを守ろうとして、お義母さまがずっと必死だったことがわかりました」
母さんは美鈴さんの言葉に、びっくりしてしまって何も言えないようだった。僕も強く驚いていた。
「馨さんは、私が私らしく生きることを望んでくれています。私、それがとても嬉しいんです。ですから、できる限り私もきっと、馨さんの助けになれればと自分でも望んでいます。どうぞ、私たちの結婚を許して下さい」
美鈴さんはそこまでを言い終えて、三つ指をつき、母さんの前で深々と頭を下げた。母さんはそれにたじろいで、そして強いショックを受けてしまったようにしばらく放心していたけど、母さんと父さん、そして公原さんは、「帰って話し合いをするから」と言って、東京に帰っていった。
その後、僕は家族の非礼を、美鈴さんと、美鈴さんのお母さんに詫びた。すると、美鈴さんのお母さんは、ちょっと下を向いて、優しく微笑みながらこう言った。
「そりゃね、いいことか悪いことかで言ったら、あまりよくないかもしれないけど…あたしもねえ、美鈴のためにがむしゃらに働いたこともあったし、…親というのはね、子供のためならなんでも敵に回すところがあるのよ…気持ちは同じだもの、あたしは大丈夫です。気にしないでね、馨さん」
「そうよ馨さん。お義母さん、ただ馨さんのために必死だっただけだもの」
美鈴さんもそう言ってくれた。僕はそれを聞いて泣いてしまって、そのまま二人に慰められていた。僕は、「何があってもこの二人だけは守ろう」と、静かに決めた。
教授はその日の間に帰ったけど、帰り際に、玄関で僕たちにそれぞれこう言っていった。
「まあ、私の役目が無くて結構だ。あの分だと大丈夫だろう。美鈴君、よく勇気を出したね。君はやはり素晴らしい人物だ。お母様も、おもてなしに感謝しますぞ。それでは、失礼致しますでな」
教授はそう言ったけど、教授が糸口を見つけ出したのには違いなかった。僕は教授を玄関口に引き留めお礼を言って、美鈴さんも、「改めて二人でお礼に伺わせて下さい」と言った。でも教授は首を振り、「よしてくれ、私は家に人が来るのを好かないんだよ」と、いくらかぶっきらぼうに言って、一礼して去って行った。
作品名:馨の結婚(第二部)(19~27)(完) 作家名:桐生甘太郎