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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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翌々日、美鈴さんの家に一本の電話があった。


僕たちは一緒に朝ごはんを食べたあとで、美鈴さんのお母さんは洗い物をして、美鈴さんはそれをしまうのを手伝っていた。僕はお客さん扱いでなかなか手伝いをさせてもらえなかったけど、こっそり家の前を掃いておこうと外に出ようとした時、廊下に出るドアの横にあった電話が鳴ったのだ。

「あ、お義母さん!電話です!」

僕はもう覚悟を決めていたので、美鈴さんのお母さんのことを、「お義母さん」と呼んでいた。

「ちょっと出て!今手拭いていくからねー!」

お義母さんにそう言われたので電話を取り、僕は「はい、園山の家です」と、いくらか言葉が覚束ないような気分で受け答えをした。すると電話口から、聞き覚えのある神経質そうな高い咳払いが聴こえてきた。

「…母さん…?ですか…?」

僕は途端に緊張して、受話器を持っている手が汗ばみ、ぬるつくのがわかった。心臓がばくばくと脈を打ち出す。

“美鈴さんに代わってちょうだい。二人で話がしたいから”

やっぱりその声は母さんだった。僕は電話機の横に受話器を置いて、急いでタオルで手を拭いてこちらに来たお義母さんに、「僕の母さんが、美鈴さんと話がしたいと言っています…。どうしますか…?」と聞いた。

「じゃあ、私が出る」

美鈴さんはそう言って、もう電話の方へと向かっていた。



そしてしばらくの間、美鈴さんは電話の前を動かなかったけど、やがて電話を静かに置いた。それから彼女は振り向くと、僕の元へ走って来て僕の胸に縋りつき、大声で泣き始めた。


やっぱりダメだったんだ。僕は家を出るしかない。そう思った。


僕は、頭が真っ白になりそうな不安と緊張を感じていたけど、もう決めてあったことを実行するだけだと思い、必死に自分を奮い立たせた。そして、美鈴さんの髪と背中を優しく撫でる。それでも美鈴さんは泣き止まず、お義母さんまでおどおどし始めたので、僕は手招きでお義母さんを呼んで、美鈴さんと一緒に抱しめた。二人の肩はとても小さい。

やがて美鈴さんは泣き止んだ。彼女は顔を上げると、なんと、にっこり笑った。


「馨さん、私たち、これからずっと一緒だよ」


「えっ…それって、もしかして…!」

僕はぬか喜びなんてしたくないのに、良い結果を望む気持ちの方が勝って、思わず喜んでしまった。でもそのあとで、はっとしてすぐに自分を鎮め、美鈴さんが目元の涙を指先で拭ってもう一度口を開くのを、祈る思いで見ていた。


「馨さんのお義母さんがね、「ベッドは別々の方が離婚率が低いそうよ」って」


美鈴さんがそう言った時、僕は嬉しくて嬉しくて、さっきまでの美鈴さんのように、あっという間においおいと声を上げて泣いてしまった。



僕たちは結婚を許されたのだ。僕は家族から逃げることなく、愛する彼女との結婚を歓迎されたのだ。







家に帰るのも久しぶりのような気がする。まだ一週間も経っていないけど。僕はそう思いながらタクシーで家の玄関に入り、ポーチに出ていた父さんと母さん、後ろに立つ公原さんに迎えられた。

「ただいま、父さん、母さん。それから、公原さんも」

「ああ…おかえり、馨」

父さんはどこか肩身の狭い思いをしているように、渋い顔でそう言った。公原さんはいつもと変わらない冷淡な声で、「おかえりなさいませ、若様」と言って礼をする。すると、自分の晩が待ち切れないようにずっともじもじとしていた母さんが、僕に飛びついてきた。

「おかえりなさい、馨!心配したのよ!それでねえ、相談事があるのよ。美鈴さんのことなんだけど、彼女はお作法は大丈夫なのかしら?先生をつけましょうか?お部屋はどこがいいかしらねえ?ベッドもどうしたらいいかわからないし。ねえ、お爺様が使っていたベッドがあるでしょう?あれはどうかしら?」

母さんが玄関口でもうそんなことを言い出すから僕はびっくりしたけど、思わず吹き出してしまった。それを見て、母さんは「なあに?どうして笑うの?」と不思議がっている。

「変わりませんね、母さん。でも、それは僕じゃなくて、美鈴さんが来てから彼女に聞いて下さい」

僕が笑ってそう言うと、母さんは自分があまりに慌てていたことに気づいたのか、急に恥ずかしそうに周りをきょろきょろ見ながら「まあ、そうだったわね」なんて言って笑っていたけど、その顔は、引きつった皺のない、素顔に見えた。








End.