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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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美鈴さんのお母さんはさっくりした明るい人で、急な訪問にはなったけど、教授と僕を奥の畳の間に通し、ストーブに火を入れて、お茶とお茶菓子を出してくれた。

「まあまあどうぞお召し上がりになって。ものごとは食べたあとに喋った方がいいから。お茶のお代わりも遠慮なく申しつけて下さいね」

僕たちは四人で低いテーブルを囲んでいる。僕は座布団の上で教授の隣に座らせられ、教授の前に美鈴さん、僕の前に美鈴さんのお母さんの順だった。僕はわけがわからなくなるくらいに緊張してうつむいていたけど、ちらりと目を上げて、テーブルの上を見る。目の前には抹茶のカステラらしいものが乗った皿が三つ乗り、それぞれに緑茶が注がれた古い茶碗が添えられていた。美鈴さんのお母さんの前には大きな急須が置いてあり、それを今にも誰かの茶碗に注ごうとうずうずしているように、急須の取っ手に右手を添えていた。

「わっ!「久仁」の抹茶クリームカステラ!?いただきます!」

「はいはい」

お菓子にはしゃぐ美鈴さんに、お母さんは呆れるような顔をしながらも微笑ましく頷き、僕たちにももう一度「どうぞ、召し上がって」と勧めてくれた。

「…それでは、有難く頂きますでな」

「ぼ、僕も、すみません、頂きます…」

僕たちは美味しいお菓子を食べ、お母さんの言う通り、一人ずつお茶をお代わりさせてもらった。美鈴さんのお母さん、京子さんの、明るいながらも仕切り上手な様子に、教授すら口を挟む暇はなく、今度はビスケットがお盆に乗せられて、テーブルの真ん中に置かれた。

「さ、どうぞ頂きながらお話しましょ。その方が話も心地よくできるわ。それで?皆川教授と馨さんは、どうしてこちらへ?」

教授はあえてなのか黙っていて、口を閉じている言い訳のように、ゆったりと茶碗からお茶を飲んでいた。美鈴さんもあまりのことに気後れしているのか、ちょっとうつむいている。僕は、座布団を降りて畳に膝と手をついて、美鈴さんのお母さんに頭を下げた。


「お母さん、僕に、美鈴さんとの結婚の承諾を下さい」


僕はそう言ってすぐに顔を上げて、畳に手をついたまま、美鈴さんのお母さんが両手で口を塞いでいる間に話を続けようとした。でも、どう言おう?僕は一瞬それを考えるのにお母さんから目を逸らしたけど、それはいけないと思って慌ててお母さんを見つめ直し、とにかく話せるものをすべて話してしまおうとした。


「でも、僕はまだ自分の両親の許可がもらえていません。両親は、古い考えに囚われているんです。それで…誰にも婚姻届の証人になってもらえないので、教授にお願いして、サインをお願いしたんです。もし最後まで両親が許可してくれないのであれば、僕は、家を離れようと思っています…。ですが、美鈴さんにそのような結婚をしてほしくないというのであれば、どうぞそう言ってください。僕は、美鈴さんのお母さんまで置いてきぼりにしようとは、思いません…。それに、これからだって、もう一度でも、両親に認めさせるため、努力します。お願いします…!」


話が終わり、僕はもう一度、黙って頭を下げた。場はしんと静まり返り、誰も何も喋らなかった。誰かが姿勢を直すのに畳がきしむ音を聴きながら、僕はゆっくり顔を上げる。


見てみると、美鈴さんのお母さんは目元にハンカチをあてがい、声を立てずに泣いていた。美鈴さんはお母さんの肩をさすっていて、教授は元のようにお茶を飲んでいる。


「まあ、まあ、そうですか…。美鈴のためにそこまで…おまけにあたしのことまで忘れずにねえ、本当に…。でも、ご両親のこと…ご心配でしょうに…」

僕は言葉に詰まった。もちろん僕も両親のことは気に掛かっているし、二人に受け入れてもらうより良い結果はないんだろう。でも、可能性がほとんどない。僕は、昨日の晩に母さんの口から放たれた、あまりにも歪んだ言葉を思い出した。

「…父と母が頷いてくれるなら、僕もそれより嬉しいことはありません…。でも、二人の心は頑なで…」

僕は辛かった。そんなことを、美鈴さんのお母さんにまで話さなければいけなかったのが。自分の娘が、結婚する相手の家から拒絶されていると知らされるのは、きっと並の悲しみじゃない。美鈴さんのお母さんは下を向いてしまった。そこへ、美鈴さんがまたお母さんに寄り添って、声を掛ける。

「大丈夫よ、お母さん。私、馨さんと一緒になれれば幸せだもの。だから、どうか許してちょうだい」

美鈴さんのその台詞を聴きながら、お母さんは左右の目に忙しそうにハンカチを当て、必死に頷く。

「そうでしょうねえ、そうでしょう…まあ、馨さん…!」

美鈴さんのお母さんは涙を払って顔を上げて、僕を見た。その時、ちらりと閃光が宿るその瞳を見て、「ああ、本当に美鈴さんのお母さんだ」と、僕は思った。そして美鈴さんのお母さんは、何から喋ればよいのやらといったように、興奮しながら喋り出した。


「この子は上京してから、「お友だちができた」といつもあなたの話をしてましてねえ、中学、高校と…いつも元気のないようだったけど、久しぶりに帰ってきたら、すっかり明るくなっていてねえ、あたしもびっくりしたけど、それからずっとあなたの話を嬉しそうにしているから、ああ、いいひとができたんだなって安心して…。ええ、ええ!どうぞこの子をよろしくお願いします!」


あちこちに顔を向けてから、お母さんはそう言って頷いてくれた。僕はもう一度頭を下げる。


「ありがとうございます」


その時、ピンポーン、と、玄関のインターホンの音が大きく鳴った。美鈴さんのお母さんが、涙を拭いながら立ち上がる。

「誰かしら、ちょっと見てきますね。あ、お菓子を召し上がって。美鈴、お茶を入れて差し上げてね」

そう言って席を立とうとしたお母さんを、「待ってください」と僕は引き留めた。


「多分、僕の家の者だと思います」


その場がぴりっと張り詰め、美鈴さんとお母さんはどうしたらいいかわからないように顔を見合わせていた。


「僕が行きます。皆さんはここで待っていて下さい」




僕は全員を残して、玄関までをきしきしと床を鳴らして歩き、インターホンの「応答」ボタンを押す。

「…公原さんですか。それとも、父さんですか」

インターホンの向こうから、憤懣やるかたないといった調子で、「私もいますよ馨。みんないるわ。ここを開けてちょうだい。話をするくらいならかまわないでしょう」、という、母さんの声が聴こえてきた。