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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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曾お爺様の銀時計は小さな質屋に沈められ、そして僕は少し多めのお金を手にして、そのまま、通っていた大学に電話を掛けた。思った通り、これはもう繋がる時間ではなかった。自宅近くの最寄り駅のロータリーに時間を見に行くと、夜の十時四十分だった。

「訪問するしかないか…」

僕は腹を決めて、時計台の近くにある街頭の下へ行き、マフラーが邪魔しないように巻きなおしてから、卒業名簿を急いでめくった。

「皆川教授、皆川教授、皆川教授…」

僕が独り言を呪文のようにつぶやいて大きな本をめくっているのを、仕事帰りの人たちが邪魔そうに避けていき、不審げな目をちらりと僕に向けた。僕はそんなことにはかまわず、出身大学の卒業名簿で教授たちの欄を指でなぞって、やっと皆川教授の住所を見つけ出した。


「…行くぞ」


僕はそのまま地下鉄ホームへの階段を降りていった。





寒い。時刻もかなり遅い。手袋も出してくるんだったなと思って僕は手をこすり合わせ、今、あるマンションのエントランスでもたもたと足踏みをしていた。


皆川教授の住むマンションは防犯のしっかりした建物らしく、暗証番号を押さなければエントランスの内扉は開かない。どうしよう。僕はいちかばちかで、教授の部屋番号を押して、インターホンの応答を待った。


「…はい?どなたですかな?」


しばらくして、ご老人らしくもったいぶった声が電気的な響きに包まれて聴こえてきた。僕はちょっと緊張しながら口を開く。


「…園山美鈴さんのことで、至急の用事があって参りました。どうしても教授にお話を伺いたいんです。…彼女の…成績にも、響くかもしれません。ここを、お開け願えませんか」


無音のまま数秒が過ぎた。そして「ふーむ」という小さな声が聴こえてから、黙ったまま、エントランスの扉は開かれた。




教授の部屋の前でまたインターホンを押すと、すぐにドアがわずかだけ開けられた。教授は気難しそうに厳めしい顔で僕をじろじろと眺め、警戒しているようだった。僕は思わずドアを掴んで大きく開き、ぎょっとして教授が身を引いて空いた玄関で、手をついて教授に頭を下げた。


「先生!僕には時間がないのです!端的に申します!僕、上田馨と、園山美鈴さんの婚姻届けの証人欄に!僕の方の証人としてサインをして下さい!どうぞお願いします!」


頭を下げたまま、十秒ほどが経ち、僕は叫んだばかりの興奮が少しずつ治まってきた。すると、頭の上から教授の声が降ってくる。

「頭を上げなさい」

「了承して下さるんですか!?」

僕が顔を上げて教授を見ると、教授は面倒そうに首を振り、「とにかく、入りなさい。お茶くらいいれよう」と言った。




教授はいつも使っているらしい書き机のリクライニングチェアに腰掛けて、片足だけを床につけ、その足をくいくいと左右に振って、椅子を揺らしていた。僕は、温かいお茶をティーカップに淹れてもらって、書き机の前にあるソファに座らせてもらっていた。教授はお茶をひと口飲むと、少し優しく目を細め、喋り出す。

「…園山君は、優秀な生徒だ。学部時代には、いつも興味深いレポートを書き送ってきたよ。…院に入ってからの彼女の成長は、目を見張るものがある。“後生畏るべし”と言ってもいい。それが彼女にふさわしい評価だろう」

そこで教授はぴりっと厳しい顔に戻って、僕を半目で睨みつける。僕はそれを見て、縮み上がるようだった。

「だがね、私は君のように急に部屋に飛び込んできて、周りの迷惑も構わず叫び回るような者は知らんし、そんな人間の結婚の証人などにはならん。第一、なぜ私なんだね?ご両親のどちらかに頼みなさい」

僕はそこで頭を整理するために少し黙ったけど、なるべくすぐにと、喋り始めた。

「…大声を出したことは謝ります。ですが…僕と園山さんは結婚をしようとしましたが、僕の両親…特に母親から反対され、家に閉じ込められていたところを、抜け出してきたのです。両親には頼めません。残念ながら、僕には縁の深い友人もいません…。両親が反対しているなら、会社の人間も証人になんてなってくれないでしょう…。それから…園山さんが大学に入学して僕と出会うことになったのは、そこに彼女が中学の頃から憧れていた、「時間は無限か?」という哲学書の著者だった、教授、あなたがいらっしゃったからです。ですから、誰にも証人になってもらえないなら、あなたに是非ともお願いしたいのです!どうか…どうかお願い致します!僕にできることは全部やりました!家の仕事も立て直して、母にも彼女のことを再三話して聞かせました!でも…でも、両親の心だけが変えられませんでした!」

僕はまただんだんと熱してしまい、初対面の教授の前で思わず泣いてしまった。教授は僕の言ったことを聞いてしばらく天井を睨んでいたけど、もう一度僕に目を戻す。

「…事情はわかった。だが君、両親に反対されたままの結婚は、酷なほど厳しいものだぞ。その結婚が、彼女を、美鈴君を追い詰めないとも限らん…」

僕は思わずそこで教授の言葉に割り込んだ。

「僕の手で、彼女を幸せにしてみせます」

教授は額を片手で押さえて、しばらく目をつぶっていた。しかしゆっくりと大きく息を吐くと、お茶のカップをソーサーへ置く。

「結構。では行こうか。美鈴君の証人は彼女の母親だね?そうすると、兵庫までの長旅になる。旅費は?」

教授はあっさりとそう言ってくれた。僕は胸が膨らんでいく気持ちだった。

「…あ、あります!あります!ありがとうございます!教授!ありがとうございます!」

「毎度毎度喚かんでくれ、うるさい男だな。」


僕たちはコートやマフラーを手に取って支度をし、教授の家を出て美鈴さんの家に向かった。


「教授、そういえば明日のお仕事の方はよろしいんですか?」

「明日は何もないよ。私は暇な教授でね。家で研究を進めようと思っていた」

「あ、すみません…」

「なに、たまにはこんなことがないと、人の一生とは言えんしな」


教授と僕はそんな話をしながら、電車に乗った。