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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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居間に置いてある五つのソファのうち、ドアの近くの一人掛けのソファに僕が、そしてテーブルを挟んで向い合せになった四人掛けのソファの真ん中に、母さんが座った。母さんは僕に向かって体を屈め、足をきちんと閉じて膝に肘をついていた。母さんは、部屋着にしている長い裾と幅の広い袖の、白いワンピースを着ている。母さんの膝から床に向かってすとんとスカートが落ちていた。僕はうつむいてそれを見ている。しばらくすると、母さんが頼んでおいたのか、公原さんがティーセットを持って現れた。

「失礼致します、お茶をお持ち致しました」

公原さんはそう言って、僕と母さんの間にあるテーブルにティーセットを置く。それは母さんの好きなアンティークのティーポットとカップのセットで、ソーサーもカップも小さくて装飾が施してあり、薔薇が描かれていた。公原さんが紅茶をそのカップに注いでくれた。

「ありがとう」

母さんは満足そうに公原さんを眺めていたけど、僕は顔を上げる気になれなかった。

「それではまた、御用の時に」

そう言って公原さんが僕たちに背を向けると、母さんは身を屈めたままでティーカップを手に取り、ひと口飲んで「うん、美味しいわ」とわざとらしく言った。


おそらく母さんは、場を和ませて楽しいお喋りかのように喋り続け、僕がその空気を壊すことを戸惑っている間に、話を終わらせてしまうつもりに違いない。でも、今の僕にはそんな戸惑いはなかった。だから、僕からまず最初に話を始める。僕はまだお茶には手をつけていなかった。


「母さん、僕は自由に結婚相手を選ぶことすら許されないのですか」


僕は当たり前ではない家に生まれたことくらい、わかっていた。でも、まさかこのことすらその事情に巻き込まれて消えてしまうくらいなら、僕はこの家に見切りをつける。それを母さんに突きつけるつもりだった。

「まあ!そんなことないわ!でも、もう少し、ね。もう少しあなたのお相手の女性のお話をしてちょうだい。そうじゃないと母さんは不安だもの。どんな方なの?」

母さんは興味深げな顔は作っていたけど、その目は慎重に細められ、母さんのお眼鏡に適うかどうかを見定めようとしているのは明らかだった。僕は、多分母さんを満足させるのは無理だろうなと思いながら、ちょっとの間だけ考える。


もちろん、美鈴さんは僕にとってなんの不足もない、むしろなくてはならない存在だ。でもそのことは、「子供になんとかして一番いい相手を探してやりたい」と思っている、今の母さんにはわからない。それに、誰だっていくらでも文句のつけようがある。つまりは、母さんが「選んであげた」相手でなければ、母さんは安心してくれないのだ。そう考えながら、それでも僕はなんとかして、自分の気持ちが揺るがないんだということを伝えようと、言葉を選んだ。

「僕にとても優しくて、いつも僕の喜ぶことを考えてくれます…。それに、とても聡明で、今は、研究者になるため、僕の出身校の大学院で学んでいます…。彼女があの大学に入ったのは、講師として勤務している教授の著書を、十二歳の時に読んだからだそうですが…哲学書です。並外れて頭脳明晰なんですよ。僕も敵いません。あの時、首席での入学ができなかったのは、トップが彼女だったからでした…。それから、料理が上手で、背は小さく小柄で愛らしく…とても心が豊かで、涙もろく、それでも僕に二年半も会えなかった間も、じっと待ってくれているほど、情の厚い人です…だから僕は、彼女を選びます」

僕はいろんなことを思い返しながら、目の前に彼女の笑顔や、泣かせてしまった時の悲しそうな顔、僕に会った時の嬉しそうな顔を浮かべて、喋っていた。そして終わってから母さんを見ると、案の定、母さんの表情はどこか訝しげで、肘をついて紅茶のカップを片頬に寄せたまま、ほんの少し眉を寄せて僕を見ていた。そして下を向いて唇を突き出し、二、三度つまらなそうに頷いてからこう言った。

「じゃあ、彼女の専攻は哲学なのかしら?哲学者になるのが夢なの?」

あからさまにそれを軽蔑しているのがわかるような、そんな母さんの少し意地悪に不思議がるような顔に、僕は一瞬、「こんな人が僕の母親なのか」と、僕自身が母さんを軽蔑しかけた。でも、この人に頷いてもらえなければ、美鈴さんが苦労するんだと思ってぐっと堪え、先の話を続ける。

「ええ、そうです。彼女にはそれができます」

僕は自信を持ってきっぱりとそう言ったのに、母さんはこのことには大して興味も持っていなかったように、またつまらなそうに頷く。

「それで?研究者として忙しく働く彼女は、あなたに何をしてあげられるのかしら?会社から帰ってきたら疲れを慰めて、あなたを毎日支えてあげられるのかしら?」

僕はぐっと言葉に詰まったけど、恐れる必要はないのはわかっていた。僕は彼女が自分の思うように生きていけるのを見守って、彼女の輝く世界を支えていられれば満足なのだから。

「…母さん、人にはそれぞれ必要とするものが違うんです。確かに父さんには、母さんが毎晩話し相手になってあげたり、微笑みをくれたりすることが必要だったかもしれません。でも僕は、自分の人生ばかりが結婚ではないことくらいわかっています。僕は彼女が幸せになるのが見たいだけなんです。彼女はそのために僕が必要だということを伝えてくれました。それで結婚することの、何がいけないんですか?」

母さんは僕の前に片手を差し出して首を振る。

「馨。あなたは結婚のことなんか何もわかっていないわ。結婚生活はね、生活がまったく噛み合わなければすれ違っていくのが当たり前なの。だから、残念だけどその人のことは諦めなさい。これは先輩である母さんからの警告です。上手くいくはずないのよ、そんな人じゃ…」

母さんはそう言ってゆっくり首を振りながらため息を吐く。そして、もう話は済んだように、ゆっくりとお茶を飲んだ。僕はそこで身を乗り出す。

「母さん!聞いて下さい!僕にはあの人が必要なんです!もし母さんがよしとしてくれないなら…僕は…」

母さんは僕が喋り終える前に、僕をきっと睨みつけて紅茶のカップをかたんとソーサーに置き、背筋を伸ばした。

「今晩から、夜に帰ってきたら、公原にあなたを見張るよう言いつけます。子供の立場で勝手をするのを防ぐために」

「母さん…」


信じられなかった。母さんがそんなことを思いつくなんて。そうまでして、ただ「言うことを聞く」ことを、僕に望んでいるんだ。

僕は目の前が真っ暗になるような気持ちで、目の前にある、冷めてしまった紅茶のカップが滲んでいくのを見ていた。