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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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朝早くに帰宅してから出社するために着替えをしていると、母さんが僕の部屋のドアを叩いた。僕が「はい」と返事をすると、まだ寝巻きの上にガウンを羽織っただけの母さんが、何か思惑ありげに微笑みながら、僕に近寄る。

「あら、着替えをしていたのね、ごめんなさい」

母さんはちょっと恥ずかしがるような素振りはしたけど、平気で部屋に入ってきた。その時僕のベッドの上には、昨日のホテルで行われた祝賀会でクロークに預けていた鞄と、昨日着ていた紺色のスーツの上下が放ってあった。そして僕は、今日着るスーツのスラックスを履き、上はインナーを着ただけの姿だった。

「まあまあ、夜遊びをしてきたのね?次期社長さん」

母さんはちょっと僕をとがめるような、また、甘やかすような顔で上目がちに僕を見上げる。

「はい、まあ…すみません」

長年の習慣で僕は謝ってしまったけど、よく考えたら僕はもう二十四歳を過ぎているんだから、これしきのことで謝るいわれはないような気もした。母さんは僕の肩に両手を置き、それから僕を見つめてこう言う。

「そんなことをしていて悪い虫がつく前に、いい話があるのよ。あなたもきっと承知してくれると思うわ」

母さんはずっとにまにまと笑っている。僕は、母さんの心配性と、それから時代遅れの考え方に、また少しうんざりとした。それも気づかないで母さんはもったいぶって少しの間黙っていた。

「いい話ってなんですか?」

僕は何気なくやんわりと母さんの腕を肩からどけて、ちょっと母さんから体を逸らす。着替えをしていたことも思い出したので、ワイシャツを手に取って、それに袖を通そうとした。

母さんはふふふと笑って、ガウンのポケットから一枚の写真らしき紙を取り出す。

「馨。この方、どう思う?」

そう言って母さんは写真を僕に見せた。それは、女性がこちらに向かって控えめに微笑んでいる写真だった。僕はすぐに見合い写真みたいなものだとわかったので、目を逸らしてワイシャツを着てしまって、「そんなもの、必要ないですよ。母さん」と、ちょっと突っ返すように言った。

予想通り、母さんはすぐに引き下がったりしなかった。ちょっと僕から離れはしたけど、母さんは話を続ける。

「そりゃあ、最初は戸惑うのはわかるわ。でも、お会いして、お話してみれば気も変わるかもしれないわよ。だから一度会ってみて、残念ながら良くないようだとわかれば、まだまだあなたに見合う方はたくさんいますもの」

僕はその言葉を聴きながら、「もしかしたら、父さんより母さんの方が説得が難しいかもしれない」と思っていた。でも僕は、母さんに形だけ合わせるのをいつまでも続けているわけにはいかない。早く母さんの目を美鈴さんに向けさせないと、母さんは僕が言うことを聞いていることに安心し切って、あらぬ方向に僕の人生を曲げようとするのをやめないだろう。

それにしても、「少し意外だな」、とも思った。美鈴さんの話は、もう父さんに話してあった。どこの誰とは言わなかったけど、「もう相手が居る」という話はしたはずだ。それを父さんが母さんに伝えなかったのは、意外だ。

でも、もしかしたら、「自分から話を通すのが当たり前で、告げ口のようなことは野暮だ」と、父さんは考えたのかもしれない。男らしく、義理堅い面のある父さんらしいと思った。そう思って少し父さんに感謝し、僕はベッドに置いたスーツのジャケットを手に取る前に、母さんに首だけ向けて、口を開く。


「母さん、無駄ですよ。僕にはもう相手が居ます。だから、その人に会ってくれませんか」


母さんはひどく驚いて、しばらく口をぽかんと開けて突っ立っていた。僕はもう着替えを済ませて家を出なければいけないし、これ以上長く話し込んでいる時間もない。だから、「考えておいてください。それでは、行ってきます」とだけ言って、自分の部屋を後にした。




その日は仕事が少し憂鬱だった。もちろん、家に帰れば母さんから質問責めに遭うだろうし、それからすぐさま僕たち二人の関係を否定されるだろう。だから、僕はなかなか仕事に身が入らず、かと言って何かミスのできる立場ではないので慎重に仕事をして、母さんの取り乱す姿を思い浮かべながら過ごした。




家に帰ると、僕が玄関を通って自室に向かおうと一階の廊下を歩いている途中で、居間の扉が開いて中から母さんが飛び出してきた。母さんは僕の帰宅が待ち遠しかったので嬉しいのか、それとも何かが不安なのか、そんなような笑顔をしていた。

「早かったのね、馨。おかえりなさい。それでね、お食事のあとでお話があるのよ。今朝のお話が終わってないでしょう?」

母さんは、今すぐにも僕を説き伏せたいのを我慢しているように、体をちょっと揺らしながら僕を見つめていた。僕は長年の勘で、「長丁場になるかもしれない」と思って気が重かったけど、すぐに「わかりました、食事のあとで居間で話しましょう」と返事をして、自室に向かった。


今晩の食事はホットサラダとスープ、小さめのビーフステーキ、付け合わせのいんげんと、それから少量のお米だった。僕は食が細いのでお米は少なめにしてほしいと、何年も掛けてやっと公原さんを説得して、最近やっとそれを聞き入れてもらえたので、食事の時間は楽しくなった。でも、今晩は気鬱になる大きな問題があったので、いつも通りに楠さんの見事な料理の腕前に唸る余裕もない。目の前では、母さんが音もなくきちんきちんと食事をしながら、僕をちらちらと見ている。その目は厳しい影を必死に隠そうと、ひきつりながら微笑んでいた。



おなかがいっぱいになったからか、僕は少し眠かったけど、「ごちそうさまでした」と言って、食器を下げている山田さんを後目に、母さんと二人で居間に向かった。