馨の結婚(第二部)(19~27)(完)
第二十四話 母という壁
会社の祝賀会を抜け出てきた僕は、美鈴さんの部屋に泊まった。翌朝、僕たちは美鈴さんの作ったハムと目玉焼き、それからトーストした食パンを食べて、ささやかな朝を過ごした。窓のカーテンは開け放されて、さっきまで僕たちが眠っていたベッドのシーツを日光が白く照らし、窓に背を向けていた美鈴さんの輪郭がふんわりと輝いていたのを、僕は見た。
彼女はお皿を洗い、僕がそれを拭いた。後片付けが済んだあと、美鈴さんが食後の紅茶を淹れてくれた。僕は穏やかに流れていく朝に、「毎日これが続けばいい」と、そう思った。
いつまでも輝きの褪せない瞳を持つ彼女と、彼女のひたむきな僕への愛と、いつも一緒に居られるなら、僕はなんだってしよう。だから、プロポーズをした。
彼女は静かに紅茶を飲んで、わずかに微笑んでいた。細い指がマグカップを少し重たそうに持ち上げて、ゆっくりと唇へ紅茶を流し込む。
「美鈴さん」
僕は見つめた。彼女の瞳と、流れる柔らかな髪と、小さな体、それから、彼女の愛情深い胸の中を。彼女は顔を上げ、何も言わずに僕を見つめ返しているだけだった。もしかしたら、僕が何を言うのかもう知っていたのかもしれない。でも彼女は、期待に胸を沸かせている表情ではなく、言葉を挟む必要を感じていないだけのように、黙って僕の次の言葉を待っていた。
「結婚してください」
僕は、そう言って彼女の返事を待っていた。でも、不安はなく、反対に静かな喜びだけがあって、それは凪いだ海のように、大きく深いものだった。
「はい」
僕たちはその後、話し合いをした。僕は自分の両親のことが不安材料だったけど、なんとか押し通すからと言った。
「…僕の両親は、この結婚を「いい」とは言わないと思う。でも僕の気持ちが動かしようがないものだと知れば、なんとか諦めるかもしれない。それでもダメだった場合は…僕は両親に見切りをつけると思う。家から離れてしまうしか方法はない。もしかしたら、君に苦労を掛けてしまうかもしれない…でも、僕はいつも努力するよ」
「うん、わかってる…」
「両親には、今度、二人が揃う時に話そうと思ってる。許しがもらえても、もらえなくても、僕は君のお母さんに会いに行って、お話をさせてほしい」
「うん…」
彼女はそれを聞いて頷き、幸せそうに、そしてわずかに不安そうに微笑んだ。僕は彼女を抱きしめてから、家に帰った。
作品名:馨の結婚(第二部)(19~27)(完) 作家名:桐生甘太郎