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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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改めて再建のプロジェクトチームが、今度は僕の人選で集められた。そして、今一度の事業の見直しと、情勢との噛み合いを含めた検討の会議が何度も行われ再建案を練っていく。それは、前に行われたコストカット中心ではなく、自社製品に焦点を当てたもので、僕たちは様々に見直しを図り、多くのことが刷新された。父さんは最初はふてくされながらではあったけど、僕が、父さんの“現社長”という立場でしかできないことを依頼すれば、しぶしぶ動いてくれた。そうして多くの会議と銀行との資金繰りを経て、会社は行動に移る。

マーケティングもそうだけど、製品の品質向上のために絶対に手を抜かずに改良に改良を重ね、さらに景気に合わせて価格を下げることで、初めて僕の会社のシェアは回復し、そこからは、右肩上がりに業績は伸びていった。





そして一年後、会社は黒字化に成功した。みんな喜んだし、安心した。ほぼV字回復と言ってもいいような再建は、実質的に僕の手によってなされ、祝賀会で、僕は会社の人間として大いに祝福された。

「馨」

「父さん」

僕と父さんは自分の席を離れてから挨拶をして回っていた後、広い会場の中で鉢合わせをした。父さんはビールで心地よく酔っているようで、そしてどこか僕に済まなそうな顔だった。

「…お疲れ様でした。今回も、僕にやらせて頂いて、ありがとうございます」

僕がそう言うと、父さんは首を振り、こめかみのあたりを人差し指で忙しなく引っ掻いた。顔を上げた父さんはすっかり安心したような顔で、僕はちょっと驚く。その時の父さんの顔は、前に見たことがあったからだ。

それは、僕が大学生の頃、父さんに初めて海辺の工場に連れて行かれた時、父さんがベテラン作業員の“清さん”に向けていた表情だった。

「馨、よくやってくれたな。正直に言うと、…お前を侮っていたかもしれない」

それはやっぱり、じっと炎を覗き込む職人気質な“清さん”に対して見せていた、尊敬と親しみに満ちた目によく似ていた。僕は、自分の父親にそんなふうに見てもらえるとは思っていなかったし、なんなら文句を言われるかもと覚悟をしていたので、感情が追いつかなくて気恥ずかしくなり、小さくなってしまう。

「そんな…そんなこと、ないですよ…こんな…」

「照れるんじゃない、まあ、今晩は無礼講だ。一緒に飲もう」

「は、はい…」

僕はなかなか顔が上げられなかったけど、父さんは僕の肩を軽くぽんぽんと叩いてから片腕をがっしりと回して僕を抱え、ビール瓶が並べられたテーブルへと連れて行ってしまった。







僕は祝賀会のあとで、ある喫茶店へと急いでいた。懐かしい道を、ずっと会っていなかった愛しい人の温もりを早く取り戻したくて、ほとんど走るように、もどかしく歩いていた。季節はもう冬に近いから東京の夜九時半は寒かったけど、向かう先の暖かい灯りを思い浮かべると、それは僕の体を真ん中から温めてくれるように思う。



カラン、コロン、カラン…。耳に心地よく響く軽いベルの音。変わらず流れていたクラシック音楽と、青い絨毯に赤いビロードの椅子。僕は一つだけ壁に覆われたボックス席の、壁にある窓を見た。そこで彼女は、白い湯気が立ち上るコーヒーカップを両手で包んだまま、ちょうどこちらを向いていた。

「馨さん!」

僕が姿を現すのを、今か今かと待っていてくれたのだろう。彼女はすぐにカップを置いて、席から飛び出してきてくれた。僕は彼女を抱きしめる。彼女は震えていて、あっという間に僕のコートを涙でべしゃべしゃにしてしまった。

「ごめん、ごめんね、遅くなって」

僕は、長いこと会わずにいた恋人を懐かしんで、砂漠の中でやっとオアシスを見つけた旅人のように、愛が湧き出す泉に浸かりながら、美鈴さんの体の形を確かめた。彼女の肩や、柔らかい髪を撫でていたけど、突然、美鈴さんは頭を振って僕の手を振り払うと、腕の中から僕を睨みつける。彼女はそのまま大きく息を吸った。


「馨さんの…嘘つき!日本に帰ったら、会ってくれるって言ったじゃない!」


彼女は、ずうっと我慢していた言葉を一気に吐き出して、悲しそうに涙を流したけど、もう離すつもりもないほどの力で僕を抱きしめてくれた。


そう。僕は、あの国に向かって旅立ってから、もう二年半近くも美鈴さんと会っていなかった。メールやメッセージのやり取り、それから誕生日にお祝いのプレゼントを僕から美鈴さんに送ったりはしていたけど、本当にそれだけだった。


「うん…ごめん」

「馬鹿!すごく…すごくさみしかったんだから!」

彼女はそう言ってわあわあ泣いてしまって、奥から出てきたマスターはその様子を見ていたけど、しばらくはそっとしておこうと思ったのか、なぜか僕にちょっと申し訳なさそうな顔をして、もう一度引っ込んでいった。



やっと彼女の涙がおさまると、僕は「マスター、注文お願いしていいですか?」と奥のカウンターに向かって呼びかけてから、席に就く。美鈴さんはまだ頬をふくらしていたけど、それは可愛げのある幼い顔だった。

「はいはいはいはい!お久しぶり。元気そうね!ちょっと男前になったんじゃないかな?」

マスターはうきうきしながら手早くそう言って、注文書にボールペンを添える。マスターの髪はすっかり白くなって少し老けたようには見えたけど、笑顔はもっと優しくなったように見えた。

「えっ、そうですか?」

僕はマスターのお世辞にちょっと頭を掻いていた。すると、何かを言いたくてたまらなくなったのか、美鈴さんが横合いから口を出す。


「馨さんはもともと男前です」


マスターと僕はその言葉にびっくりして、一瞬顔を見合わせた。マスターは「許してくれたみたいね」と言って、嬉しそうに笑う。でも僕は、美鈴さんがほかの人の前で僕を褒めたことなんかなかったから、急に恥ずかしくなってしまった。

「えっと…じゃあ…寒いので、ココアを…」

「かしこまりました」


マスターを見送ってから美鈴さんに目を戻すと、僕はじとっと睨まれながら、またもや驚かされた。

「やっぱり…もともとよりかっこよくなったかも…」

「え、えっ?」

美鈴さんはとてもそんなことを言い出すような甘い笑顔ではなく、僕をジト目で睨んでいて、僕は喜んでいいのか、それとも焦ればいいのかわからなかった。すると美鈴さんは唇を尖らせたまま横を向き、ぽそっとつぶやく。

「しばらく会ってもらえなかったから…なーんか、いちゃつきたくて…」

そう言ってから彼女はやっぱり横を向いたまま顔を伏せて、赤くなった耳を見せた。僕は手を伸ばして彼女の頭を撫でる。

「ごめんね。今日はいくらでも傍にいられるから」

彼女は僕に撫でられながら、まだしぶとく拗ねた顔をして、「もちろんです」と言っていた。