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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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ある晩社長室に出向くと、父さんはソファに掛けていて、僕に目の前の席を勧めた。僕はそこに座って、「お疲れ様です」と声を掛ける。父さんは本当に疲れていたようだった。ため息のあとで、「ああ」とだけ返ってくる。

再建計画に銀行が納得してくれてからの半期の間、それはほんの六カ月くらいだったのに、父さんは「会社の可能性を見せられてから、それを取り上げられてまた窮地に追いやられる」という現実に直面した。あれから、充分に成果を上げられなかったことで銀行の人間は会うたびに態度を変えるようになって渋い顔をし始め、父さんは近頃会議でイライラしていることが多かった。衝突は生まれないまでも、経営陣の間にわだかまりのようなものが停滞しているのを、僕も感じていた。

父さんは僕を見ずに少し俯き加減になって、テーブルの上にある、秘書の金山さんが用意してくれたらしいお茶を見ていた。そして、肘を膝にもたせかけ、指を組んで何回か前後に振る。

「お前は忘れているかもしれないが…加賀谷鋼業の…」

「わかっています。華蓮さんとのお見合い話でしょう」

僕はひじ掛けに腕を預けたままで父さんを睨む。話を遮られて顔を上げた父さんは、僕の顔を見て驚いた。僕はその一瞬間で、ここ最近に考えて紡ぎ直したことをもう一度読み返す。


僕には、もう「銀行を説得するために一役買った」という、いわば実績がある。もちろん再建案を出しただけだったけど、それは確かに「ある」はずだ。だからその話題を出して、この見合い話を頑としてはねつけることも、多分できる。

でもそれでは、プライドが高くてワンマンな父さんは、大いに怒るに違いない。部下に先を越されたことを思い出させれば父さんはへそを曲げるだろうし、しかも、自分の子供が言うことを聞かなければ、父さんは恫喝して押し切ろうとするだろう。だから、ここはもう、美鈴さんの話をするより他になかった。


父さんは、僕があからさまに不服そうな顔をして見せたのに、それに気づかなかったかのようにわざとらしい笑顔を作り、先の話を続けようとした。

「…そうだ、その華蓮さんだが、よく名前を覚えていたな。…今…私たちには、もう一度助けを請う必要があるかもしれない…それはわかるな?」

「はい…ですが、お断りします」

僕がそう言うと、父さんは戸惑ったように目を泳がせながらも、僕を見ていた。

「どうしてだ?」

その時、僕はもう一度考えるために、慎重に父さんの顔を見ていた。


今、言っても大丈夫だろうか?いいや、大丈夫じゃない。いつだって大丈夫ではない。でも、今言わなければいけないんだ。


「僕にはもう、ずっと前から相手がいるんです。ですから、お断りします」


しばらく父さんは言葉を失っていた。広い社長室の皮張りのソファに父さんが手をついて、皮と皮膚が擦れる音が大きく響く。父さんは困ったような笑い顔で首を振っていたが、どこか嬉しそうにも見えた。でもその顔は、だんだんと悲しそうに、そして険しくなっていく。それに合わせて、僕の緊張が張り詰めていった。父さんはあえて厳しい目で、そしてゆっくりと喋り出す。


「そうか…子供だ子供だとばかり思っていたが…しかし、馨。この話は、済まないが飲んでもらわなきゃならん。ことは色事が問題じゃない。今にも銀行からの命綱が切られようとしている現状で、そんなことは言ってられん。銀行は…人の人生を考慮に入れてはくれない…そのくらいわかるだろう」


僕はその時、かっと頭に血が上った。

父さんは、僕と美鈴さんの関係を、“色事”と言い、そして切り捨てたのだ。

自分が一世一代と思った言葉をにべもなく叩き落とされた僕は、思わず拳を握りしめ、歯を食いしばる。


「…僕の働きで、少しは回復したじゃないですか。その仕事に不満があるなら言って下さい」


言った瞬間、僕は後悔した。あれほど矛を収めておくべきだと思っていたのに。


僕が「最悪の事態」として予想していた通りに、父さんはすぐさまがばっと身を乗り出し、一気に激昂した。もしかしたら僕たち親子は、似ているのかもしれない。

「不満!?不満だと!?お前がやったのは、いたずらに会社の寿命だけ延ばして助けを拒否した…そういうことでもあったんだ!このままの状態では債務の返済に追われるばかりで他社にはついていけなくなる!それを放置すれば、会社は終わりだ!そうなれば社員たちはどうなる!?」

父さんはそこで一瞬、自分の額に手を当てて考え込む仕草をした。

「…確かに辛かろう!でも、お前が次期社長なら、まず社員の生活を考えろ!」

息も継がずに一頻り怒鳴り終わって満足したのか、父さんは茶托に乗った茶碗からお茶を飲んだ。ぐいぐいと一気に飲み干し、それから大きく息を吐くと、ぎりっと僕を睨みつける。

幼い僕なら泣き出しただろうし、大学生の僕はこの目に怯んだだろう。でも、今の僕は違った。僕は父さんに少し微笑む。すると父さんはまた驚いて、奇妙なものを見るようにきょときょととした。

「なんだ、その笑いは」

まだいくらか鼻息の荒い父さんは、僕が一向に話を聞く気配がなく、しかも笑っていることに苛立つ態度を隠さずに、テーブルを叩いた。僕はひじ掛けを両手で掴んだまま、前にぐいと身を乗り出して、笑い顔のまま、父さんに「僕に任せて下さい、父さん」と言った。

「…また何か、“考え”でもあるのか?二度もわがままは聞けんぞ」

「わがままじゃありませんよ、現実的な方法です」

そう言葉を交わして二人で見つめ合っていた時、初めて僕たちは“仕事を共にする男二人”として、互いを見ていたように思う。父さんは疲労困憊だったこともあったのか、「そんなに言うなら、お前の手で再建の計画書をまとめろ」と言って、あっさりと僕の話を聞いてくれた。それから「私は仮眠をとるから、一人にしてくれ」と言われて、僕は追い出される。


僕は社長室の扉を閉めて廊下に出た。そして、周りに誰も居ないことを確認し、胸の前で握りしめた自分の右手拳を見つめる。

「…よし!」