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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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車はホテルの駐車場に滑り込み、僕たちはボーイにエレベーターと廊下を案内されて、少しだけ広めの個室レストランに通された。樫か何かでできた楕円形のテーブルの上にはクロスが広げられ、ナフキンが綺麗に折り畳まれていた。そして六人分の前菜の皿が並び、フォークから順にカトラリーが並んでいる。個室の前で待っていて、ドアを開けてくれたギャルソンが椅子を引き、僕たちを席に就かせる。

「もう一方のご予約の方は、あと十分ほどでお見えになるとの御連絡が御座いました。前菜をお召し上がりになって、もう少々お待ち願います。御用の時は、そちらからお声をお掛け下さい。それでは失礼致します」

ボーイは、今初めてその言葉を知ったような丁寧な口調でそう言ってから、ドアを閉めた。まず母さんが喋り出す。

「どんな方かあなたはまだ見ていないけど、とてもいい女性だと思うわ」

「さっき聞いたよ」

僕が少しつっけんどんにそう返すと、母さんはそれきり黙ってしまったけど、今度は父さんが、母さんの向こうから身を乗り出してきた。

「なあお前。急な話で混乱しているだろうし、お前が望んでいないのもわかる。ただ、少しだけ前向きに考えてくれないか」

「…わかっています」

テーブルの向こうには、僕たちが座っているものと同じ造りの、青いビロード張りの三つの椅子がある。僕はその真ん中の席、自分の目の前にある椅子を見やった。ふと、そこに座っている美鈴さんを思い浮かべてしまい、慌てて下を向く。でもすぐに顔を上げて、僕はもう一度彼女の影を見た。


そうだ。僕の相手は彼女なんだ。そこから目を逸らしたくなんかない。


僕がそう考えていた時、出入り口の向こうからかすかに絨毯の上を滑るような足音と、女性の話し声のようなものが聴こえてきた。そしてゆっくりと、ドアが開く。


ギャルソンの後ろから現れたのは、感じの良い壮年の男性で、白髪がだいぶ多いグレーの髪を左右に分けてきっちりと撫でつけ、三つ揃えのスーツの右ポケットから、時計の鎖を覗かせていた。

その人が足先の丸い革靴を踏み出し、後ろから少し年下くらいの綺麗な女性が、音もなく部屋に入ってくる。その女性はクリーム色のツーピースのワンピースを着て、首元には赤紫のスカーフをふんわりとまとって高めのハイヒールを履き、綺麗な茶色の髪を、頭の上で玉のように丸めていた。

そして最後に、“令嬢”が現れる。

綺麗な人だった。これだけの美貌があれば、なんの苦労もないんじゃないだろうかと思いたくなってくるような、もちろん人の人生にそんな保証なんかあるわけはないけど、そう思ってしまうような、綺麗な女性だった。

彼女は、白い生地に桃色の花模様が入ったしなやかなワンピースを着て、肩に白いレースのショールを掛けていた。彼女の綺麗に梳かれた細い黒髪は、前髪だけが後ろでまとめられて、ショールの上にふんわりと乗っている。靴は桃色のハイヒールだった。

彼女はまだ十八歳くらいに見えて、薄い頬の肌は赤みが差していて、強く輝く黒い瞳と少し尖った顎が、活発な女性のような印象だった。その彼女が、入口近くからこちらに向かって小さくお辞儀をして、僕を見る。

普通の男性ならそれだけで参ってしまうような美しさのある人だけど、どこか妙な感じがした。彼女の表情はその時、好意的な笑顔ではなかった。僕は不思議に思ったけど、今はそんなことで寄り道をしている暇はない。「おそらく二人きりで話す時間は取れるはずだ」と緊張して、思わず彼女に会釈を返すのを忘れかけた。僕が顔を上げると、彼女はテーブルの向こう側に回り込むところだった。

「初めまして、馨さん。わたくしは加賀谷辰雄です。妻の幸恵と、こちらが娘の華蓮です」

椅子に座る前にそう言ったのは、向こう側の父親の人だった。僕は、「初めまして、上田馨です」と返して礼をし、一応、令嬢の華蓮さんの顔も見る。その時僕は驚いた。彼女は僕から目を逸らさずに、まるで僕を値踏みしているような表情をして、慎重に僕を覗き込んでいた。思わず僕はうつむく。

「そう堅くならないで下さい。今日はただのお話までですから、緊張せずに」

「は、はい…よろしくお願いします」

「じゃあ、食べながら自己紹介からなんて、お決まり通りになりますけど、お話してみましょうか?お嬢様はおいくつでしたかしら?」


その後、僕たちは無口なギャルソンが運んでくる食事を食べながら、母さんがいろいろなことを令嬢から聞き出した。

父さんはあまり喋らず、不思議なことに華蓮さんもあまり喋りたがらずに、ご両親ばかりが喋っていた。そして、華蓮さんは今、女子大に通う十九歳であること、趣味は“少し”ピアノを弾くことと、プールで泳ぐこと、成績は良い方であること、それから友人が多く、やっぱり活発な人であることなどが、僕にわかった。

僕はそれらすべてを興味深く聴いている振りをしながら、「それじゃあ、ここからは二人でお話をしてみましょうか」と、どちらかの母親が言うのを待っていた。

気が進まないながらも、僕はできるだけ丁寧に優しい声で自己紹介をしたけど、その間も華蓮さんは、どこか厳しい目で僕を見ていた。彼女が美しいだけに、それは一層冷たい表情に見えた。そのことは僕に、「どうやらこの人は僕を気に入っていないようだ」という淡い希望を持たせてくれた。でも、どうやってそれを彼女から聞き出し、そして自分の希望通りの話をしようかについては、考える暇はなかった。そして、ついに加賀谷さんの奥さんの幸恵さんがこう言う。

「じゃあ、お食事も済んだことですし、二人でお話をしてみますか?大丈夫かしら?馨さん、華蓮も、よろしいかしら?」

僕は待ちにに待った時がついに来たことに、「はい。大丈夫です」とはっきり返し、華蓮さんも「はい」とだけ短く返した。