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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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第二十二話 勇気をくれた意外な人








その日、僕は初めて、父さんの不安そうな声を聴いた。

僕が日本に帰るまで、予定ではあと二カ月と少しになっていた。でもその夜、父さんから電話が掛かってきて、「日本では今、会社の身売り話が持ち上がっている」という話を聞かされたのだ。それで、もしかしたら僕が日本に帰るのが早まるかもしれないとわかった。

“…会社の業績は…正直言って悪い。お前も一度私に聞いてきたが、もう二期も赤字が続いている中で、低迷を続けている状態だ…再建のプロジェクトチームは動こうとしていたが、銀行がなかなかうんと言わないまま…”

電話の向こうの父さんの声が聞いたこともない頼りなさに揺れ、父さんはくたびれていたようだった。


それまで父さんは僕に、「状況は大して良くない」、とだけ言っていた。赤字について父さんに疑問を投げかけたこともあったけど、父さんは「今、変えるために動いている」と答えただけだった。

僕にそう言っている間、父さんは「まだ自主再建ができるかもしれない」という望みを持って、資金集めに奮闘していたらしい。でも、どうやらそれは難しいらしく、この国に居る僕を呼び寄せて早く経営を覚えさせ、最低でも代表権を持たせてから、新しく社長を迎えると父さんは言っていた。

“もちろん、こんな状態で新社長に会社を渡すのは残念だし、私も納得はいかないが、私の働きが評価されなければ私は退いて、お前は新社長の下で働いてもらうことになる”

僕は、心細くて目の前が暗くなりそうなのを堪えて堪えて、なんとか「わかりました。そのつもりで僕も努力します」とひねり出した。





「もしもし、僕だけど」

“はい、こんばんは。どうしたの?今日はずいぶん遅かったね。もうこっちは一時近いよ”

「うん…実は、少し日本に帰るのが早くなるかもしれない」

“ええっ!?本当!?”

電話の向こうで、美鈴さんの嬉しそうな声がする。それなのに、僕は足元にある沼にどんどん足を引き込まれていくような不安が、消えない。

でも、会社の内情を美鈴さんに話すわけにはいかなかった。もちろん決算書などは公表されているから、ある程度までの「良くないんだ」という話はできるけど、僕は僕で、抱えておかなければいけないものを、もう父さんから聞かされていた。

「うん…でもね、それは業績がそんなに悪いからで、そのために早く僕に仕事を教えたいという、父さんの考えでもあるんだ。だから、日本に帰ったら、それこそ会える時間があるかはわからないし、電話もできなくなる…」

美鈴さんが息を呑んで、それから、僕に悟られないようにゆっくりと細く、それを吐き出す気配がする。

“そっか…でも、お仕事は仕方ないし、私ちゃんとわかってるもん、心配ないよ”


僕はその時考えていた。父さんが最後に僕に言い渡したことを、美鈴さんに言うべきか、言わないべきか。

父さんは、あの電話の最後にこう言った。


“うちを買収ではなく共同経営にと言ってくれている会社には、若い令嬢がいて、お互いに婚姻関係であればやりやすいこともあろうとの打診があった。親族経営が伝統の大きな企業だ。だから…日本に帰ったら、その令嬢に一度会ってみなさい”

それを聞かされた時の言い知れない困惑が、僕の胸に蘇る。でも僕はスマートフォンを耳に当てたまま、小さく首を振った。


「うん…ごめんね。日本に戻ったら、必ずまず一度は家に行けるようにするから」

なるべくいつも通りの声で、美鈴さんにそう言っているけど、僕は不安で仕方ない。

“うん!待ってる!あとどれくらいになりそうなの?”

「そうだね、一週間くらい…」

僕はそう言いながら、先にあることを考えていた。相手の会社の令嬢に会うこと、そして、断る術がほとんど無いこと…。

すると急に、電話の向こうからは何も聴こえなくなった。僕は電波が弱くなったのかと思って、スマートフォンの向こうに呼び掛ける。

「もしもし?美鈴さん?」


“…馨さん、何か悩んでる?”


僕の背中が、冷たい水を浴びせられたようにヒヤリとした。美鈴さんが、おそらく僕の声から、わずかな違和感を捕まえてしまった。慌てて僕は、彼女に代わりに言える言葉を探す。

「なんでもないよ、会社のことで…ちょっと美鈴さんには話せないけど、大変なことがあって…」

思わず僕の口調は尻すぼみになってしまったけど、美鈴さんは疑問が晴れたような声になって、納得してくれた。嘘は吐いていないけど、彼女に向かってはぐらかすような言い方をした自分を僕は責めながらも、「仕方ないんだ」と自分に言い聞かせてから、電話を切る。それから僕は、深く、震えるため息を吐いた。


僕は、この縁談をなんとしても駄目にしなければいけない。でもそうすれば、会社が立ち行かなくなるかもしれない。僕が頼れるのは自分だけで、それも、できるかどうかなんてわからなかった。