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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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 橋野は言いながら、まだ解決していないはずの問題が放置されたまま、話だけが進んでいることに気づいて、言った。
「いきなり車が増えてたら、親に何言われるか分からんねんけど」
「そこはマジで、借り物の線で頼む」
 突然、外車がガレージに停まっている。その光景だけでも十分に非現実的だし、現実主義の橋野家がどんな反応を示すかは、手に取るように分かる。
「連れが練習用に貸してくれた、にするか」
 橋野が言うと、田島は笑った。
「それで頼むわ」
 あまりにも短いやり取り。人生ががらりと変わるかもしれないのだ。橋野は、穂坂のことを思い出して、言った。
「その穂坂っておっさんやけど、ずっと金持ち歩いてるん? いくらぐらいあんの?」
「知らんけど、スポーツバッグに満タンらしいな。それは置いといて、三人の報酬は五十万ずつやってさ。ハッシーは、俺と山分けにしよう。やから、二十五万かな?」
 途方もない金額。自分が中村の計算に入っていないことに、橋野は少しだけ安心感を覚えた。しかし同時に、報酬を半分にして自分を引き込んでくれようとしている田島に対して、引け目も感じた。
「二十五万あったら、ゆうてたレガシィ買えるんちゃうん?」
 田島は、色々なことを覚えている。去年、雑誌を見ながら話題にしていたのは、走行距離六万キロの、BG型レガシィツーリングワゴン。グレードはGT−B。それに近い車が今年中に買えるだろうと思っていたが、二十五万が即座に入れば、話は別だ。そもそも、田島は半分を差し出そうとしているのだ。
「分かった。頑張ってみるか」
「よっしゃ。ナカムーにはちらっと話しとくわ。さっきはメットがドライバーやるゆうててんけど、今イチしっくり来てへん感じやったからな。あいつ、信号とか守らんやろ」
 真面目な不良。それが、橋野に与えられた独自のポジションだった。それからしばらく話して電話を切った橋野は、車庫に下りた。グラストラッカーを転がして移動させ、傷だらけのアルトの隣に直弘のスクーターを停めると、ゴルフが入るだけの十分なスペースがあることを目で確認してから、部屋に戻った。再び音楽を聴く気には、なれなかった。
     
「十年か、もうそんな、なるんかいな」
 西日を正面から浴びながらしわくちゃの顔を歪めて、穂坂が笑った。それが笑顔に見えるか、ただ皺が濃くなっただけに見えるかは、人によって違うだろう。植芝は、ずっと『洋梨』と言われてきた縦に長い顔をバックミラーに向けて、忠実な運転手らしく、うなずいた。穂坂は、いつも紺色のジャージ上下で、ベージュの釣りベストを羽織っている。植芝の目には、海外の紛争地帯で活動する民兵にも見えた。色の抜け落ちた梅干しのような顔に、銀縁の眼鏡。穂坂は、どこから見ても、一言だけ多そうな初老の男に見える。六十歳にしては、体つきは若い。しかし、顔だけ見れば七十代にも見える。植芝はレクサスGSのスピードを緩めると、横断歩道の前で完全に停止した。シートから少しだけ体を起こし、道路の端で待っている子供たちに先に渡るよう、手で促した。穂坂に言われるまで、こういう場面で一時停止をしたことはなかった。子供たちが渡り切ったのを確認して、再びアクセルを踏み込んだ植芝は、再度バックミラーで穂坂の穏やかな表情を確認した。十年間の付き合いで分かるのは、穂坂は根っからの悪人ではないということだ。しかし、悪人である覚悟がないとできないような行動を、平気で取っている。例えば、後部座席に自分の子供のように置かれた、明るいブルーのスポーツバッグ。市販品で、特別な鍵がついているわけでもなければ、二重底になっているわけでもない。釣りに行く予定でありながら、その前にジムに行く事を思いついたようにも見えるから、穂坂の印象を若干ぼやけさせているのは確かだ。問題は中身。植芝自身も見たことがあるが、スポーツバッグは、やや角の丸くなった現金の束で満たされている。植芝は敢えてはっきりと見ないようにしていたが、穂坂は自分から指を五本立てた。五百万ということはありえないし、五億円でもない。五千万円。穂坂は、自身が所有する倉庫へ見回りに行く際、常にこのバッグを持ち出す。
 その場合、横断歩道の前で子供が待っていても、スピードを落としてはならない。少なくとも植芝は、そう訓練された。信号がないルートを制限速度ギリギリで走り、少しでも普通と違う動きをする車がいたら、進路を塞がれる前に追い越す。レクサスGSの四リッターの巨大なエンジンは、そういう時のためにある。穂坂が抱える倉庫は、工場地帯に使われていないものが一つ、港に一つ、市街地から少し外れた物流センターの並ぶ区画に一つ、そして今向かっている、新しく建てられたばかりの中継ハブで、計四つあった。中継ハブについては、植芝にとって気にかかる点が、いくつかあった。高速の出入口が近すぎる上に、市街地を抜けて出入りするための道も二本しかない。ほとんどのドライバーは、高速道路の出口から降りて倉庫へ入り、引き返すように反対車線の入口から高速道路へ合流していく。小型の軽急便は下道を選ぶこともあるが、その時に通るのは、例の二本の道だ。どちらも対面通行だが、二車線分の道幅はないし、路上駐車している車もある。つまり、植芝と同じような訓練を受けた人間が見れば、襲撃は意外に簡単だと気づく。少し勘が良ければ、高速道路の出口付近にある非常駐車帯から数分見下ろすだけで、襲われても文句は言えない立地になっている事が分かるかもしれない。植芝は、真新しい白線が引かれた駐車場に車を乗り入れると、事務所に最も近い枠へ停めた。
「ご苦労様」
 穂坂が言い、植芝はシフトレバーをパーキングに入れた。十分程度しかいないのだから、スポーツバッグは車に置いていってもらいたい。エンジンもかけたままが望ましいが、穂坂はそのどちらも、反対の方を選ぶ。スポーツバッグは持って行くし、エンジンは止めなければならない。ドアを開くと、穂坂は顔をしかめながら立ち上がり、植芝が開いたドアを通じて、事務所に入った。専務と常務がテレビからぐるりと顔を回して『会長』と言い、穂坂は世間話を始めた。これが始まったら、植芝の仕事は一つに絞られる。事務所の外に出て、そこに出入りしようとする人間を止めることだ。L字型の倉庫。間にパレットが積まれているから、反対側はよく見えない。そちらにも駐車場があって、小型貨物の出入口がある。稼働して半年しか経っていないから、巡回する警備員のルートもいい加減で、日勤と夜勤の頭数だけが揃っているという状態。遠目に見ている雰囲気だと、健康のために時給をもらいながら歩いているだけという印象だった。穂坂がこの倉庫を訪れるのは大抵、午後四時。二月なら日が落ちてくる頃で、日勤の警備員が歩き疲れた頃だ。ほとんどは、詰所の方へ向かって、ひときわ遅いペースで歩き始める。つまり、L字型の駐車場の半分は、がら空きになっているということだ。あちらからも、二本の道と高速道路の出入口は簡単に見える。おまけに、持ち場からはパレットが邪魔になって、様子が分からない。その手薄な状況が、こちらが敷地を出て行くタイミングと重なっているという違和感は、これからも消えることはないだろう。
作品名:Split 作家名:オオサカタロウ