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田島が立ち上がり、教室から出て行った。姿が見えなくなってすぐに、壁に何かがぶつかる音が鳴った。二人には言えないことだが、今のは、田島が宮田を力いっぱい壁に叩きつけた音だ。橋野は言った。
「ザ、田島って感じやね」
「そうなんですか?」
藤川は緊張の糸が解けたように、少し姿勢を崩した。
「あー、怖かった。全然喋らん人やな。連絡せんといきなり来たんは、まずかったかも」
「昔はよく喋ってんけどな」
華崎は少しだけ平静を取り戻して、自分が座っている椅子が他校のものだということを意識し直すように、姿勢を正した。橋野は言った。
「あいつねえ、この高校が嫌いなんですよ」
華崎が首を横に振った。
「いや多分、私のことが嫌いなだけやと思う」
そんなわけがない。橋野は考えた。田島と先日話した、中学校時代に仲が良かった人間の中に、華崎の名前もあった。橋野は、自分がどうしてこの役目を引き受けているのか疑問に思っているという事を二人に悟られないよう、笑顔を作って言った。
「えっと、中学校時代は美術部にいらした?」
「面談みたい」
藤川が笑ったが、華崎は真顔でうなずいた。
「うん、今も美術部。雰囲気出てる?」
そこまで言って、さっきの泣き出しそうな顔を思い出した橋野は、自分が要らない方向へ駒を進めたことを悟った。しかし、超能力者だからといったごまかしは、華崎には通用しそうもない。
「いや、こないだお互いの中学校の話した時、坂間、戸波、華崎みたいな感じで、交互に出てきたから。そこで知った感じ。あ、ごめん呼び捨てにして」
華崎は少しだけ笑顔を作った。コーヒーはなし、紅茶もなし。華崎が訪ねてきた田島本人は、今ごろ隣のクラスどころか、校舎にすらいないだろう。MDプレイヤーだけは回収して、ミニストリーでも聴きながら煙草を吸っているに違いない。橋野はそれから十分ほど話を繋いで、二人と連絡先を交換した。藤川が文化祭の招待チケットを二枚託して、言った。
「よかったら、うちのも来てください」
二人が帰っていき、立ち上がる力がなくなったように感じた橋野は、椅子から滑り落ちそうになりながら、田島の携帯電話を鳴らした。当然出ないと思っていたら、手元で鳴る携帯電話を見ながら、田島が帰ってきて、言った。
「隣におるって、ゆうてたやん」
「帰ってもたで、二人とも。てか、コーヒーおごってくれよ。マジで疲れた」
「なんで?」
お前のせいだと喉元まで出かけたが、橋野は辛うじて飲み込むと、椅子から立ち上がった。
「あれが、美術部の華崎? ほんまに友達やったん?」
「昔はよう喋ったな」
橋野は小さくため息をついた。味方がいたり、普通に笑ったりする人間だと思われたら、お前は何かに食われるのか? そう思った時、気づいた。そうやって田島が張っているバリアの内側で、自分も守られているのだ。華崎はそのバリアを破ったが、そうしたつもりもなかっただろう。それは女子の特権だ。
だから、お前が百パーセント悪い。橋野は、田島の横顔に無言で語り掛けた。いずれ、誰かと付き合って結婚して、家庭を持つんだろう。三十代なんて想像もつかない。でも、その時までそのバリアを保っていたとしたら、それはかなりのくそ野郎だ。お前、本当に分かっているのか?