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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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 高校一年生にしては、下手くそな字で書かれた帯。結局出し物は劇に落ち着いたから、学芸会を体だけ大きい子供がやったような代物だったのは置いといて、教室の後片付けの心配をしなくてもいいのは、有難かった。小道具を全て壊して、破壊衝動を満たした後、田島は不自然な形に片付けられた机を眺めながら、同じく小道具係だった橋野に言った。
「終わったな。てか、まだ続くんかこれ?」
「どうやろ? 片付いてないからな」
 木造ではなく、つるつると滑る床に、妙に格調の高い椅子。橋野が通っていた中学校とは、何もかも違う。田島も同じことを考えているようで、まだ一年も過ごしていない教室と反発し合うように、宙を睨みつけていた。ふと思いついたように、橋野に言った。
「腹減った。ヤマギノ、何時までやってるかな」
「担任、何か買ってきよるで」
 橋野が言うと、田島は呆れたように舌打ちした。同時に、橋野がいつまで経っても担任の村井を『担任』と呼ぶ距離感に、笑った。
「ほな、まだ帰られへんな」
 田島がそう言った時、廊下で小さなざわめき声が聞こえた。小道具の帽子を被ったままの宮田が後ろ手に扉を開いて、ぽかんとした顔のまま、教室の中を振り返った。その視線は、普段目を合わせようともしない田島に向いていて、それ自体が後でトラブルを招きかねないとでも言うように、宮田はすぐに目を逸らせて言った。
「あ、はい。います。どうぞ」 
 田島は教室に入ってきた二人組を見て、両足に釘を打ちこまれたように、その場に立ち尽くした。顔を見るのは、中学校を卒業して以来初めてだった。
「久しぶり」
 女子高の制服を着た華崎が、昔と変わらない大きな目でまっすぐに田島の方を見て、言った。同じ制服を着るもう一人は、男ばかりの教室に入るのはやや慣れていない様子で、少し猫背になったまま、目が合う生徒全員に小さく頭を下げていた。華崎は、中学校最後の年に記憶していたより、さらに田島の背が伸びていることに気づいた。
「やば、でかくなってない?」
 橋野は、近くにある机を引っ張ってきて、即席の四人席を作った。足りない椅子をもう一人の女子が持って来てくれて、橋野はぺこりと頭を下げた。
「橋野といいます。よろしく」
「あ、藤川です」
 先手を打たれたことがマナー違反のように感じたのか、藤川は自信なさげに肩をすくめた。そのまま塞ぎ込んでしまいそうに見えて、橋野は慌てて言った。
「田島の友達ですか? 中学校とか?」
「田島くんと華崎が、同じ中学校です。わたしは接点ないんですけど、ついてきました」
 短い会話が終わらないよう、橋野は教室をぐるりと見回した。
「えっと、コーヒーがいい、紅茶?」
「あるんですか?」
「いや、ダッシュで買ってくるよ」
 橋野が言うと、藤川はようやくそうすることが許されたように、静かに笑った。
「大丈夫です、おかまいなく。見回すから、あるんかなって」
「んー、なかったね。気の利かん学校やから」
 宮田を呼びつけて買ってこさせようかと考えたが、そんなことをすれば、藤川は怖がって一言も話さなくなってしまいそうだった。
「てか、はるばる来てくれたんやね。おもろい出し物あった?」
「軽音の人がギター投げてたんが、おもしろかったです」
 藤川はそう言って、橋野にペースを合わせるように、向かい合わせに座った。橋野は一息ついたところで、隣の席ががら空きなことに気づいた。田島は背が高いが、華崎も女子にしては長身だ。二人を見上げていると、田島が先に視線に気づいた。藤川が華崎に言った。
「座りーや」
 華崎が腰かけ、橋野の隣に田島が座った。
「もう、伸びへんのちゃう」
 田島の一言に橋野は驚いて、思わずその横顔を見た。さっき華崎が身長のことを聞いてから、かなり時間が経っている。その間にこちらは机をセッティングして、コーヒーの話から華麗に会話を繋げようとしている。それなのに、この一分近い時間に二人が交わした会話は、『やば、でかくなってない?』と、その返事の『もう、伸びへんのちゃう』だけ。華崎は少し呆気に取られたような顔で、田島に言った。
「人間って、十八ぐらいまで背伸びるよね」
 今度は、田島はうなずいただけだった。藤川が華崎のローファーを軽く蹴った。橋野は音でそれに気づいて、笑った。明らかに小柄な自分の前で背の話をするのは、あまり良くないと思ったのだろう。
「あ、俺はこれから伸びるから。おかまいなく」
 藤川が笑い、華崎は少し気まずそうに目を伏せたが、結局笑った。橋野は続けた。
「うちの劇、見た?」
 藤川よりも先に、華崎がうなずいた。
「小道具が凄かった。なんか、服とか。あれって、作ったんですか?」
 橋野は笑顔を作ってふんぞり返ると、田島と自分を指差した。
「何でも聞いて。俺らが小道具係」
 藤川が少しだけしかめ面で笑い、言った。
「虎を描いた屏風みたいなん、出てきたじゃないですか。あれも二人で描いたんですか?」
 虎の絵。田島があまりにも下手だから、橋野は相当手伝って補正した。橋野はうなずいて、田島の方を向いた
「細かいとこは俺が直したけど、骨格はお前が描いたよな」
「上手くなってる」
 華崎が言った。田島は口角を上げて、この即席の座談会が始まって初めて、笑顔を見せた。
「茄子から進化したやろ」
 橋野は、それに対する返事が高速で返ってくるものだと期待していたが、華崎は少しだけ返答に困っているようだった。それどころか、客観的に見ると、泣き出しそうな顔にも見える。橋野は急に不安を覚えて、肩に力が入るのを感じた。もしここで華崎が泣いたら、俺は一体どうなる?
「……、変わったなあ」
 華崎が呟くのと同時に、藤川が言った。
「橋野さん、絵とか得意なんですか?」
「いや、全然。ノリで筆が進んだ感じ。仲間と仕上げる雰囲気みたいなやつ、あるやん」
「ありますね、分かります。テニスやってるんですけど、一人で壁に打ってても、全然楽しくないですもん」
 藤川は細い手首を振った。バックハンドの手つきだったが、経験者らしくその動きには無駄がなかった。橋野は言った。
「あれ、なんで人がおらん方に打ってくるんですか?」
「そうやって勝つからですよ」
 藤川はバックハンドの振りをしたばかりの手で口元を押さえながら、笑った。最初が氷なら、今は心臓が止まらないギリギリの冷たさ。まだ、友達になれそうな温度ではない。橋野はそう思いながら、隣で起きていることを盗み見しようとしたが、見るまでもなかった。進んでいないどころか、火事で燃えさかる二軒の家から、焼け焦げた人間がそれぞれ出てきて、お互いの焼け具合を確かめ合っているようだ。華崎の大きな目が、橋野を捉えた。
「橋野さん、部活はやってますか?」
「帰宅部です。ただでは帰りませんけどね」
 華崎は、先に笑うタイミングを掴んだ藤川に倣うように、くすりと笑った。その目が田島に戻る直前、隣のクラスで大きな音が鳴り、教室内に設営した張りぼてのようなやぐらが倒れたということに、橋野は気づいた。
「あー、なんかこかしよったな」
「見てくるわ」
作品名:Split 作家名:オオサカタロウ