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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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 実家、ヤマギノ、職場、ほとんどが三十分圏内にある。田島は、一つ一つを頭に刻みながら、改めて思った。随分と狭い世界で生きてきた。スカイラインの姿はなく、最後の場所に辿り着いた田島は、道をぐるりと一周した。コンビニの前にバンディットを停めて、店内に入った。一度、前を通り過ぎただけだが、平和そのもので、特に何もなかった。華崎の住む家を知っているのは、中学校の時に近くのゲームセンターに遊びに行ったことがあるからで、途中まで一緒に帰った後『これが私の家。また明日ね』と言って、マンションの二階へ上がっていった後ろ姿を覚えている。その後、ゲームセンターで仲間と合流したが、何をして遊んだかは覚えていない。田島は店内を一周すると、戸波がよくやっていたように、不動産の雑誌を開いた。バイクで逃げたはいいが、野宿を繰り返すわけにもいかない。家賃を払わないと住めないのは分かるが、管理費というのは納得がいかなかった。掃除でもしてくれるのだろうか。田島がぱらぱらとページをめくっていると、通り過ぎた人影がぴたりと足を止めたのが空気の動きで分かり、田島は雑誌から顔を上げて振り返った。オレンジ色のカゴを持った華崎が言った。
「田島……、くん。久しぶり」
「おー、久しぶり……」
 田島はそう答えながら、頭の中がパニックを起こしたように、最後に見た『管理費』という文字で固定されて、それ以外の言葉が何も浮かばなくなっていることに気づいた。
「アパート? 引っ越すん?」
 華崎は、田島が手に持つ雑誌を覗き込んだ。田島が適当に、三十畳のリビングがある物件を指差すと、目を見開いた。
「でっか。富豪?」
 その言葉に、田島は笑った。肩が揺れて、華崎は釣られたように口元に手を当てながら笑った。田島は首を横に振りながら、言った。
「富豪なわけない」
 それどころか、五千万円と紙切れの区別もつかない。田島がページをめくると、華崎は勢いよく右上の物件を指差した。
「あー、これは? 八畳のワンルーム。身の程サイズ」
「身の程って何よ」
 田島は言いながら、手元を覗き込んでいる華崎を見て、中学校の頃を思い出していた。田島が手に持っているものは、大抵、隣から華崎のコメントが飛んできて、何かが書き足されるのが恒例だった。
「なんも、書いたらあかんで」
「ペンないし」
 華崎はそう言って、自分がどこに引っ越すかを考えているように、顔を近づけて細かい字を読み始めた。その様子を見ながら、田島は思った。もしペンがあったら、今頃このページは相当賑やかになっているだろう。中学校で途切れた記憶。退屈な授業を聞きながら顔を見合わせていた時には、ここまで華奢な存在だとは気づかなかった。華崎は、同じページの中を行ったり来たりしながら、田島の方を向いた。
「田島くんが、一人暮らしか。想像できん。お腹空いたら、どうするん? その時点で終わるんちゃうん?」
「そのまま飢えるってこと? いやいや、何か食うから」
 田島は気づいた。身なりも、背丈も変わった。でも、自分の苦笑いに返される、華崎の笑顔。それだけは変わらないから、中学校時代と今が繋がっている。
「華崎、就職した?」
 田島が訊くと、華崎は首を横に振った。
「来年かな。ホテルの専門学校に通ってる。お帰りなさいませとか、お待ちしておりましたとか、めちゃ言うで」
 華崎には、未来が待っているのだ。自分と違って。田島はそう付け足した時、ほとんど機械仕掛けのように、あの女の言葉を思い出した。
『これからあなたが話した人間は、一人残らず死ぬ』
 目の前で雑誌が閉じられ、風を受けて瞬きをした華崎は、目を丸くしながら、言った。
「めっちゃ、風来たんですけど」
「ごめん、行かなあかん」
 田島は棚に雑誌を押し戻した。華崎は、笑顔が蒸発したように口を閉じると、そのまま結んだ。早送りと巻き戻しを繰り返すように、目の中で表情が入れ替わると、それは四年前に戻ったところで止まった。
「田島くん」
「何?」
 立ち去ろうとしていた田島が振り返ると、華崎は言った。
「自分のことさ。運が悪いって、思ってる?」
「そんなん、まだ分からん。なんで?」
「そんな風に見えるから。せやから、いつもどっかに行こうとしてるんでしょ?」
 もう、選べる時間は終わったのだ。田島は前に向き直ると、バンディットに跨った。せめて、中村屋の仕事をする前なら。ああやって話すチャンスは、何度でもあったはずなのだ。しかし、この状況に追い込まれなかったら、あのコンビニに寄ることも考えなかった。
 華崎は、バンディットで走り去った田島の後ろ姿を、窓越しに横目で見送った。視線を戻した時、一緒に読んだ雑誌が棚へ斜めに押し込まれて、その端が砕けたように丸まっていることに気づいた。小さくため息をつくと、華崎は雑誌を取り上げて、カゴに入れた。レジに着いて、金額が液晶に表示された時、本来の買い物を全て忘れていることに気づいた。
    
 午後六時に夕食の準備が整うのは、直弘が放課後に参加している、ロボット相撲の研究会から帰ってくる時間帯に合わせているからで、試合後の直弘は、特によく食べた。『ロボットが相撲してんのに、なんでお前の腹が減るねん』という橋野の突っ込みは、『感情移入してるから』と切り返されるのが常だった。直美がお茶をコップについで元治の手元に差し出すと、直弘が言った。
「今日は、バラバラにしたったわ。再起不能よ」
「物騒やな」
 元治が笑った。いつもなら一緒に笑いたいところだが、どうしても、戸波と坂間の顔が浮かぶ。橋野が苦笑いを浮かべると、元治が箸を手に取り、直美が味噌汁を味見するように一口含んだ。ほとんどはロボットの話。先週から居候していたゴルフの話題は出なかった。橋野が味噌汁を飲み干す寸前に、元治が言った。
「智樹。車買う予定は、あるんか?」
「貯まったら、欲しい車はある」
 直弘と直美が目を合わせたのが分かった。まだ、危険信号ではない。橋野はそう考えて、結局手が届かないレガシィのことを思い浮かべた。
「レガシィのワゴンが欲しいけど、まだちょっと足りん感じ」
「速い車か?」
「速いよ」
 橋野はそこまで言うと、箸を置いた。この話題は、次の十分の間に、必ず巻き戻される。あのゴルフの話題になるはずだ。しかし、関心がないはずなんだから、もう放っておいてもらいたい。
「レガシィは置いといて、まずは自分でアパートを借りたい」
「一人暮らしってこと?」
 直美が言った。橋野はうなずいた。直弘はロボットのように腕組みをすると、自分も相談されるべき一員であるように、橋野の顔を見た。
「兄ちゃん、大学辞めるん?」
「辞めんわ。下宿みたいな感じかな。とにかく、身の回りのことを自分で何とかしたい」
 言いながら、本当にしたいことが何なのか、自分でも読み解けない。苦虫顔の田島が、ノアのハンドルを握る横顔。それだけが浮かぶ。つまり、最悪の場合は、逃げなければならないのだ。家族に迷惑がかかる前に。しかし、逃げた先から馴染みの大学に通うのだから、悪い冗談のような話だ。元治は直美の方を見ると、言った。
作品名:Split 作家名:オオサカタロウ